烏帽子岳の孫悟空「第四十八話」

烏帽子岳の孫悟空

捜査四日目
平成二十九年九月二十三日、AM9時31分

二郎神との戦いに敗れた孫悟空は、真っ白な煙となって、この世から消えてしまった。
その後、二郎神も突然ボロボロに崩れ去り、土と返ってしまう。
宇久島の湊旅館の客室でテレビ画面にかじりついていた森吉祐子は、安心したようにホッとため息をついた。
防災危機管理局の豊島課長は、瓦礫の山と化した佐世保市の映像を確認しながら、妻にもう一度連絡を取る。
スマートフォンから、妻の元気な声が聞こえてきた。
どうやら、安全な場所に避難していたようだ。

「大丈夫か? うん、それは良かった。みんな無事なんだな? そうか、安心したよ。で、今どこにいる?」

豊川は、畳み掛けるように妻に質問をぶつける。
その顔は、安堵に満ち溢れていた。
三村はじっと祐子の顔を見つめている。
裕子は飲みかけの缶コーヒーを飲み干すと、三村の方へ視線を向けた。

「もう大丈夫です。孫悟空は、二郎神に捕らえられました」

祐子の言葉に、三村の目つきが変わった。

「孫悟空が捕らえられた? 君は、面白いことを言うね。僕には、あれは消えたようにしか見えなかった。それって、普通に考えてもやっぱりおかしいでしょ」

三村は怪訝そうな表情を浮かべ、祐子を睨みつける。
祐子は笑みをこぼしながら、三村の問いに答えた。

「三村さん、私のわがままを聞いて下さい」

「わがまま?」

「そう、わがままです。秋山さんに伝言を伝えて欲しいんです」

「秋山君に、伝言? なにを伝えればよいのですか?」

「私の話を信じてくれてありがとう。そう伝えて下さい」

「そう言うことなら、彼に直接話してあげて下さい。佐世保に戻ったら、直ぐに会えますよ」

「もう会えないと思います」

「何故です?」

祐子の言葉に、三村の視線が鋭くなる。
祐子は三村の鋭い視線を嫌がるように顔を背けると、ゆっくりと立ち上がった。

「三村さん、小島さん。このお礼は、いつか必ず」

祐子はにっこり微笑む。
小島が慌てて立ち上がった。

「どちらに行かれるんですか? 我々は貴女の護衛についています。勝手な行動は許されませんよ」

「小島さん、もう時間が無いんです。私は良い弟弟子を持ちました。これからも可愛がってあげて下さい」

祐子は申し訳なさそうに、小さな声でつぶやいた。

「弟弟子? いったい誰の事をいってるんですか」

小島は一歩踏み出し、祐子の手をつかもうとする。
その瞬間、祐子の体を金色の光が包み込んだ。
小島は驚き、後ろに仰け反る。
三村は、思わず目を見開いた。

「えっ!」

小島は、腰を抜かしながら驚きの声を上げる。

「そんな、馬鹿な・・・」

妻と電話で話していた豊川は、驚きのあまりスマートフォンを取りこぼす。
三村は黙りこんだまま、その場を睨みつけた。
湊旅館の客室に、重苦しい沈黙が訪れる。
森吉祐子は、一瞬のうちに光とともに消えてしまった。


「あれっ、二郎神も消えちゃいましたよ。もしかして、これで終わりってことですか?」

守口巡査部長は、ホテルの屋上からボロボロになった佐世保の街を眺めながら、秋山警部補に話しかける。
秋山は、大きなため息をつきながら、守口の問いに答えた。

「流石に、ここまで街を滅茶苦茶にされて、はい、これで終わりましたはないよなぁ」

「そうですよねぇ。あまりにも呆気なさすぎますよ。大体これ、誰も責任取れる人いないじゃないですか」

「孫悟空を呼び覚ましてしまった柚原慶子にしても、法的には責任はないだろうからね」

「しかもあの人、指輪に吸い込まれてしまいましたもんね。もうこの世にいないんじゃないですか?」

「いや、彼女を今から迎えに行くつもりだ。そろそろ僕らも動くぞ」

秋山は、にっこり微笑むと、非常階段に向かって歩き出した。

「えっ、迎えに行くって、何処に行くんですか?」

口を尖らせながら、守口は異議をとなえる。
その瞬間、守口はある異変に気が付いた。

「あれ? 秋山さん、ちょっと待って下さい。五反田ちゃんがいませんよ」

守口の声に、秋山は立ち止まる。
ホテルの屋上に、五反田の姿はなかった。

「ついさっきまで、確かにここに立ってましたよね。絶対に非常階段の方には近づいてませんよ。まさか、ここから下に落っこちたんじゃ・・・」

守口の顔が、みるみる青ざめていく。
秋山は慌てて、屋上から下を覗き込んだ。
ここから落下した形跡はない。
いったい、何処にいるんだ。
まさか、もしかして・・・。
秋山は五反田と連絡を取ろうと、スーツの内ポケットからスマートフォンを取り出す。
その瞬間、秋山のスマートフォンの着信音が鳴り響いた。

「あっ、三村警部。お疲れ様です。二郎神の召喚、上手くいきましたね。孫悟空も二郎神も、流石にあそこまで大きいとは思いませんでしたが。森吉さんは元気ですか? えっ、森吉祐子が消えた? どうやって消えたんですか? はい、はい、なるほど・・・」

秋山は、厳しい表情を浮かべながら、三村の報告に耳を傾ける。
守口は興味津々に、秋山の顔を覗き込んでいた。

「解りました。実はこちらも同じ事が起こってまして・・・五反田ちゃんが消えました。そうです。はい、多分そうでしょうね。僕から杉本課長には報告しておきます」

秋山は、電話を切ると不機嫌そうに口をつぐむ。
守口は気を使いながら、秋山に話しかけた。

「森吉祐子が消えてしまったんですか?」

「そうだよ。彼女は突然、金色の光に包まれて消えてしまった。三村さんと小島さんの目の前でね」

「うひゃ〜。マジですか! それ、なんて上に報告するんですか? もしかして、五反田ちゃんも同じように消えてしまったんじゃないでしょうね」

「さあね。僕らは見てなかったからなぁ。とにかく、先を急ごう」

秋山は、非常階段に向かって走り出す。
守口も慌てて後を追う。
二人は八階の屋上から非常階段を駆け下りると、道向かいの駐車場へ向かう。
秋山は、白色のマツダアテンザの運転席に乗り込むと、助手席に座った守口に早口に指示を出した。

「柚木地区に向かうぞ。国道はどん詰まりだから、裏道を使って烏帽子岳を山越えしよう。守口君はカーナビの担当を頼む」

二人を乗せた車は、ホテルロータスハウスの前の五差路を左に曲がる。
須佐神社を通り過ぎると、まっすぐ烏帽子岳へ向かって車を走らせた。
移動中、狭い路地を歩いている、婦人警官を見かけた。
秋山は車を減速しながら声をかける。
振り向いた婦人警官は、川頭杏里だった。

「あっ、秋山さん。こんな所で何してるんですかぁ」

川頭は、いつもの舌足らずな声で話しかける。
秋山は微笑みながら、車を止めた。

「杏ちゃんこそ、なぜ、こんな所を一人で歩いてるの?」

「私、高天町の実家が壊れてないか心配で、見てきたんです。実家はなんとか無事でしたぁ。でも、走って実家に向かってしまったから、車がなくて・・・。しかたなく烏帽子岳署まで歩いて出勤してるんですぅ」

川頭は泣きそうな声を上げる。
秋山は後部座席を指差し、川頭に車に乗るよう指示した。
川頭は嬉しそうに微笑むと、後部座席のドアを開ける。
秋山は、川頭を後部座席に乗せると、先を急ぐようにアクセルを全開に踏み込んだ。

「秋山さん達、どこに向かってるんですか?」

「柚木地区の観音菩薩が祀られている祠だよ」

「あっ、森吉祐子さんが発見された場所ですかぁ」

「そう。あそこに、行方不明の女子高生の大林涼子と塩田はるか、それに柚原先生も倒れてるはずなんだ」

秋山は、聖文女子学園を横目に、烏帽子を登って行く。
聖文女子学園の運動場は、避難してきた沢山の人達で埋め尽くされていた。

「どうしてあの祠に、三人がいると思うんですかぁ?」

川頭は、大きな目をくりくりさせながら、首を傾げる。
秋山は微笑みながら呟いた。

「根拠なんて何もない。僕の直感」

「あっ、刑事の直感って奴ですね。やっぱり秋山さんは凄いなぁ」

川頭は、関心したように頷く。
助手席に座っていた守口が、慌てて横から口を挟んだ。

「あのですね、川頭さん。この人は特殊なの、特殊。普通の刑事は、こんな直感頼みの捜査は絶対にしませんよ。上から怒られるのがオチだから」

「えぇ、そうなんですかぁ。じゃあ、なおさら秋山さんは凄いじゃないですかぁ」

「えっと、やっぱそっちに解釈しちゃうのね。駄目だこりゃ」

守口は呆れたように、軽口を叩く。
川頭は楽しそうに笑いながら、口に手を添えた。

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西洋文化の漂う、坂の街、長崎市。余命三ヶ月と宣告された秋山は、偶然訪れた神社で、「龍神の姿を見た」と語る女性と出会う。
片や1980年代、高度成長著しいバブル絶頂の大分市。中学二年生の卓也は、仲間たちに囲まれ、楽しい学校生活を過ごしていた。そんなある日、彼は幼馴染の部屋で衝撃的な場面を覗き見ることになる。
二つの物語が重なり合う時、この物語は驚愕のラストを迎える。

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