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烏帽子岳の孫悟空「第二十三話」

烏帽子岳の孫悟空

捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、AM10:58

聖文女子学園の理事長室に呼び出された柚原慶子は、重厚な木製の扉をノックする。

部屋の中から、大川内理事長の野太い声が聞こえてきた。

慶子は、理事長室で書類の山と格闘していた大川内の方へ歩いて行く。

机の前で立ち止まると、軽く一礼し声をかけた。

「報告があると言ってたね。忙しいから手短に頼むよ」

大川内は書類から目を離すと、慶子の目を見据える。

慶子は、声を潜めながら報告を始めた。

「捜査一課の刑事達は、美猴憑きの話に目を付けたようです」

「なんだって。そんな昔の迷信のような古い話を、いったい何処から聞きつけてきたんだ」

大川内は、苛立つように声を荒げる。

凛々しい太い眉が、への字に釣り上がっていた。

「そのうち、ここにも探りを入れてくるでしょう。なにか手を打っておいた方が良いと思います」

「しかし、事を荒立てるのは得策ではないと思うが」

大川内は困惑な表情を浮かべる。

慶子は、無表情のまま問いに答えた。

「あの秋山という刑事は侮れません。にこにこと笑って馬鹿なふりをしてますが、何を考えているのか分からない掴めない男です。このまま野放しにしておくと、必ずのちのち厄介な相手となります」

「確かに、掴めない男ではあるな」

「早急にお父様にお願いして、捜査に圧力をかけて頂くのが宜しいかと」

慶子の言葉に、大川内は考えこむように黙り込んだ。

長い沈黙のが続く。

室内の大きな古い時計が、時を急かすようにチクタクと針の音をならしていた。

慶子は、じっと大川内の次の言葉を待っている。

大川内はゆっくり息を整えると、納得したようにうなずいた。

「解った。親爺に連絡を入れておく。それより、烏帽子岳の封印の祠の方は大丈夫なんだろうね。また、がけ崩れでも起こしたら堪ったもんじゃない」

「もちろん確認してきましたよ。ちゃんと封印の御札も新品に取り替えておきました。お兄様は昔からビビりなんだから困ります」

慶子は楽しそうに微笑む。

大川内は苦虫を潰した様に、ムッとした表情で慶子を睨みつけた。

「しかし、なぜこう何度も結界が破られてしまうんだ。美猴王を封印している御札に、誰かが悪戯をしているとしか考えられん」

「そんなにご心配でしたら、いっそのことあの場所に監視カメラでも設置なされたどうですか」

慶子はクスクスと笑い出す。

大川内は笑い声をかき消すように咳払いをすると、窓の外に視線を移した。

理事長室の窓から、広い運動場の景色が見える。

耳を澄ますと、体育の授業を楽しむ女子高生達の声が聞こえてきた。

大川内は、怪訝そうな表情を浮かべながら、独り言のように呟いた。

「美猴憑きのことは、我々大川内一族の人間以外にはほぼ忘れ去られていると言っていい。なぜ、警察がその情報を知りえたのか・・・不思議でならんな」

「まぁ。もしかしてお兄様は、一族の中に裏切り者がいるとお考えなのですか?」

「理由は他にもある。この一年間のあいだに、二度も美猴王の封印が説かれてしまった。封印の祠の場所は、一族の中でも一握りの人間しか知りえない。あまり疑いたくはないが、我々一族の中に裏切り者がいると考えるのは普通だと思うがね」

温厚そうな大川内の顔が、怒りの表情に変わる。

慶子は大川内をなだめるように、にっこり微笑んだ。

「お兄様は考えすぎです。私たち大川内一族にとって、美猴王の力はなくてはならないものですから」

「なくてはならないものか・・・。お前は昔から、美猴王の力を軽く考えすぎなんだ。もしかしたら、我々は美猴王に呪われた一族なのかもしれん」

大川内は、深いため息をつく。

慶子は大川内の言葉をかわすように、話題を変えた。

「昨日、森吉祐子に会ってきました」

「そうらしいな。どんな様子だった?」

「彼女は、何も覚えていないようです。ただ、あの日あの場所にいたということは、封印の祠の結界が解かれた原因を知っている可能性は高いですね」

「何も覚えていないのなら仕方がないが、記憶を無くしてしまったことも、美猴王のお力が関係しているのかもしれないな。昔から触らぬ神に祟りなしということわざがあるが、まさにその通りだ」

大川内は、机の引き出しから一枚の写真を取り出す。

写真には、にっこりと微笑んだ森吉祐子の顔が映っていた。

「あら、そんな写真をお持ちでしたの?」

「親父に頼まれていたものだ。渡すのを忘れていた。しかし、この子がこんなことに巻き込まれるとは、気の毒な話だな」

大川内は、祐子の写真に目を向ける。

慶子の穏やかな表情が、一瞬だけ鋭い目つきに変わった。

突然、部屋の片隅から、カタっと何かが動く音がした。

慶子は一瞬嫌な視線を感じて、思わず後ろに振り向く。

誰もいない。

扉もちゃんと閉まったままだ。

この部屋には、私たちの他に誰もいるはずがない。

でも、確かに視線を感じた。

しかも、複数人・・・。

気のせいだろうか?

慶子は、顔を曇らせながら部屋を出ていく。

理事長室に飾られた歴代の理事長の写真が、慶子の後ろ姿をジロりと睨みつけている。

初代理事長の写真が飾られた額縁が、少しだけ斜めに傾いていた。

次回のお話
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片や1980年代、高度成長著しいバブル絶頂の大分市。中学二年生の卓也は、仲間たちに囲まれ、楽しい学校生活を過ごしていた。そんなある日、彼は幼馴染の部屋で衝撃的な場面を覗き見ることになる。
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やまの みき (著)
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