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烏帽子岳の孫悟空「第二十一話」

烏帽子岳の孫悟空

捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、AM9:25

長崎県警本部捜査一課の五反田刑事は、念願だった宿泊先のホテルの朝食を食べ終えると、午前九時三十分にロビーに集合との指示を受け自分の部屋へと戻った。

テレビを付けると、全国放送の朝の報道番組が放送されており、偶然にも佐世保市のニュースが取り上げられていた。

そのニュースは、自分の担当する女子高生失踪事件ではなく、佐世保市にある宇久島の海面が急上昇し、島が水没の危機にあるというもの。

五反田は、自分の担当する事件ではなかったため、気にもとめてなかったが、このニュースは後に世間を驚かせる大ニュースへと発展してくことになる。

五反田は時計の針を確認すると、ジャケットを羽織り、集合時間に遅刻しないように早めに部屋を出てエレベーターに乗り込んだ。

一階のロビーでは、秋山警部補と西東警部がソファーに腰掛けて、何やら話し込んでいる。

ホテルのロビーは円形の作りになっており、床は大理石が一面に埋め込まれていた。

五反田は、秋山の隣に腰掛ける。

秋山は上機嫌に西東に話しかけていた。

「西東警部。実はちょっと人員の配置の件で、杉本課長にお願いしてみようと思ってることがあるんですよ」

「人員配置の件? いったい誰をどう動かす気ですか?」

西東は、少し困ったように顔をしかめる。

多分、朝から秋山さんに奇想天外な話をアレコレ聞かされてるのだろう。

五反田は、自分にも火の粉がかからぬように傍観者を決め込んでいた。

「確か今日、三村警部と小島警部補が博多出張から戻ってきますよね。あの二人を佐世保に呼んで頂こうと思いまして」

「三村警部たちを、コッチに呼ぶ? 僕は構いませんが、僕ら四人で充分足りてませんかね。それに、三村警部たちも出張明けですから、一日くらい休ませてやらないと・・・」

西東は、困惑な表情を浮かべる。

秋山は微笑みながら、問いに答えた。

「お二人に、森吉祐子の護衛を担当して頂こうと思いまして。まぁ、出張明けで休みもとって頂きたいところですが、こっちも緊急事態ですからね」

「えっ! 彼女って、誰かに狙われてましたっけ?」

「実は今朝、タレコミがあったんですよ」

「マジですか。誰からの情報ですか?」

西東は驚いたようにと顔を突き出す。

五反田も、興味津々に秋山の横顔を見つめていた。

秋山は、もったいぶるように口を閉ざす。

突然、一階のロビーに、微妙な静けさが漂った。

「なんで黙ってるんですか。秋山さん、ちゃんと教えて下さいよ」

五反田は焦ったくなり、思わず秋山に声をかけかける。

秋山は、面白そうに微笑んだ。

「五反田ちゃん、気になるんだ」

「何、言ってるんですか。そんな中途半端なところで話を止められたら、誰だって気になるでしょう。で、誰なんですか、タレコミの相手は?」

「う〜ん。話すのは構わないんだけど、二人とも信じてくれるかなぁ。守口君なら、信じてくれると思うんだけど」

「それ、どういう意味なんですか。守口さんが信じられてて、私達は信じられないって?」

「解った、解った。そうムキにならないの。タレコミは、観音菩薩様からです」

秋山は誇らしげな表情を浮かべ、立ち上がる。

西東は、鳩が豆鉄砲を喰らった様に目を丸くした。

「今朝、夢に観音様が出てこられたんですよ。森吉祐子を護衛せよ、とご指示を受けました」

秋山はニッコリ微笑むと、一階のトイレの方へと歩いて行く。

五反田は、心配を隠しきれない様に、顔を曇らせた。

「あの・・・西東警部、このまま捜査を続けて大丈夫なんでしょうか?」

「う〜ん。夢のお告げで、捜査方針を決めるのはどうかと思うけど・・・。ただ、秋山さんと四年間コンビを組んだ守口君に話を聞くと、秋山さんって毎回こんな感じで捜査を進めて、いつも最終的には事件を解決してしまうって、言ってたからなぁ。正直、僕も訳が解らんよ」

五反田は、苦笑いを浮かべる西東から目線をそらす。

その瞬間、正面玄関のドアが開き、守口がホテルの中へ入ってきた。

守口は入り口で立ち止まると、キョロキョロとロビーを見渡している。

どうやら捜査一課の仲間たちを探しているようだ。

五反田は、守口の方へ手を振る。

守口は五反田と目があった瞬間、大きなくしゃみをした。

「あっ! 僕の事、噂してたでしょう」

守口は、呑気にいつもの軽口を叩いた。


秋山たち捜査一課の四人は、烏帽子岳署に向かって車を走らせる。

佐世保の空は青く澄みきっていて、雲ひとつ見当たらない晴天だった。

西東と二人で後部座席に座っていた秋山は、窓を開ける。

車内に、森の爽やかな空気が入り込んできた。

烏帽子岳署には、十時過ぎに到着した。

自動ドアの扉が開く。

「おはようございますぅ」

受付から、職員の川頭杏里の元気な声が聞こえてきた。

秋山はニッコリ微笑むと、川頭に小声で話しかけた。

「杏ちゃん、今日も手作りのドーナツあるの?」

「はい。ちゃんと作ってきてますよ。今日はシナモンパウダーを使ってます。お口に合えば良いんですけどぉ」

川頭は恥ずかしそうに笑顔で答える。

秋山は、大げさに大きく頷いた。

「あっ、僕の大好物のシナモンだ。嬉しいなぁ。本当に杏ちゃんのドーナツは最高だよ。誰が食べても唸るくらいの美味しさだね。これはお店で出せるレベルだ。あとね、実は杏ちゃんに手伝って欲しい事があるんだけど・・・」

「えっ、どんな事です? ドーナツの種類を増やすとかですかぁ」

「いや、ドーナツの種類は今のままで十分だよ。あのね、捜査の事で力を貸して欲しいんだ」

「えっ、本当ですかぁ。私にできる事なら、なんでも話して下さい」

好奇心旺盛な、川頭の目が輝く。

秋山は小さなメモ紙を手渡した。

「ここに書いてある本を、午前中のうちに図書館から借りてきて下さい。僕の考えが正しければ、事件の謎を解く重要な資料になるはずだから、宜しくね」

秋山は、川頭の肩をポンと叩くと、皆の待つ会議室に向かう。

「こんな本、なんの役にたつんだろう?」

川頭はメモ紙に目を通すと、不思議そうにに首を傾げた。

会議室には、捜査一課の四人の他に、大島署長も同席していた。

秋山は今後の人員配置について、森吉祐子の警護に捜査一課の三村警部と小島警部補を加えたいと、大島に相談を持ちかける。

大島は、秋山の意見に賛成した。

「森吉祐子の警護は、うちの内海巡査が担当しています。ただ、あの広い総合病院の中で完璧に警護するには、流石に一人では無理がありますので、捜査一課から応援を出してくださるのなら、非常に助かります」

「では、決まりですね。捜査一課の杉本課長には、連絡して許可を頂いてますので、夕方までには合流できるでしょう。彼らには烏帽子岳署には立ち寄らずに、直接病院の方へ向かわせます。その旨を、内海巡査に連絡しておいて下さい」

大島は小さく頷くと、スマートフォンを取り出し、さっそく内海に連絡を入れた。

「次に、土砂崩れ現場から発見されたタクシーの件です」

秋山の言葉に、大島は茶封筒に入った封筒から、A4サイズの資料を取り出す。

秋山は科捜研から送られてきたばかりの資料を手に取ると、目を通しながら説明を始めた。

「朝から西副所長より連絡がありました。昨日の今日なので詳しい分析はまだですが、今の時点で解っている内容を、ご説明しておきます。まず発見されたタクシーは、巨大な何かに押しつぶされたという事で間違いないようです。重さ的には最低でも1万トン以上の物体に押しつぶされたものと推測されます」

「1万トン以上ですか?」

守口の甲高い声が、会議室に響き渡る。

その声の大きさに驚いた五反田は、手を伸ばしていたドーナツを思わず取りこぼした。

「次にエックス線調査で、鉄の板となってしまったタクシーを調べてもらいました。この中に人間が乗っていた形跡はありません」

「という事は、行方不明の女子高生二名と運転手が車から降りた後に、タクシーは押し潰されたという事ですね」

西東の問いに、秋山は小さく頷く。

大島はホッとしたように、安堵な表情を浮かべた。

ドーナツを美味しそうに頬張っていた五反田が、口をもぐもぐさせながら不思議そうに秋山に問いかけた。

「1万トン以上の大きな物体に押しつぶされたって、いったいどんな物体なんでしょうね」

「五反田ちゃん、良いところに気が付いたね。西副所長の報告書に、面白いことが書いてある。押しつぶされたタクシーに、大きな指紋のような跡が残されていたらしい」

「えっ、指紋の跡ですか・・・という事は、巨大な人間に踏みつぶされたとか?」

「まぁ、巨大な人間って事はないと思うけど、巨大な足を持つ何かに踏みつぶされた可能性が高いという事だね。もし巨人だったとしたら、靴は履いてなかった事になる」

秋山は、自嘲気味に微笑んだ。

「しかしこの事件は、科学的に検証すればするほど、非科学的になる。僕の頭では到底理解できませんね」

西東が険しい表情を浮かべながら、うなだれる。

守口は呑気に、西東に声をかけた。

「警部、だから最初から言ってるでしょう。この手の事件は、秋山さんに任せとけば良いんですよ。まともな神経を持った人では、とてもついていけないんですって」

「しかし・・・」

「あのですね。あの西副所長が、タクシーは1万トン以上の何かに踏みつぶされたって事で間違いないっておっしゃってるんですよ。これは、科捜研の公式な見解たがら、絶対に間違いないと思うんです。となると、現実にそういう事が起こったって事になります。問題は、そんな巨大な生物が、この烏帽子岳の何処に潜んでるのかって事ですよ」

守口は張り切ったように声を荒げる。

秋山は、西東を励ますように微笑んだ。

「警部、そう気落ちしないでください。吉報もあるんですよ。土砂崩れの中から、一冊のノートが見つかりました」

「ノートですか?」

西東は、怪訝そうな表情を浮かべる。

大島が透明の袋に保管された、土汚れの目立つ大学ノートを西東に手渡した。

「このノートも、科捜研で検査積みです。筆跡鑑定の結果、失踪中の塩田はるかの物で間違いないとの事でした。流石は西喜一郎! この短期間でここまで調べ上げられるのは、彼だけです」

「それで、そのノートには何が書かれていたんですか?」

「ノートには、ある事柄が記入されてました」

「ある事柄とはいったい・・・」

西東は、思わず手帳を握った手に力を入れる。

秋山の表情から、笑顔が消えた。

「孫悟空と美猴憑きについてです」

次回のお話

烏帽子岳の孫悟空「第二十二話」

2021.03.21

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片や1980年代、高度成長著しいバブル絶頂の大分市。中学二年生の卓也は、仲間たちに囲まれ、楽しい学校生活を過ごしていた。そんなある日、彼は幼馴染の部屋で衝撃的な場面を覗き見ることになる。
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