烏帽子岳の孫悟空「第二十話」

烏帽子岳の孫悟空

捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、AM8:23

捜査三日目の朝。

光月町にある宿泊先のホテルロータスハウスを一人抜け出した守口巡査部長は、タクシーを捕まえ、佐世保駅の裏側に建てられたショッピングモール「させぼ三番街」に向かっていた。

そのショッピングモールの立体駐車場の道迎にあるビルで、秋山警部補の親友の探偵と落ち合う予定だ。

皆に内緒でこそこそと動き回るのは好きではないが、上司の秋山警部補より、極秘任務の指示が出たので仕方がない。

「これ、秋山さんからの極秘任務だから」と、守口は心の中でつぶやきながら自分自身に言い聞かせた。

そういえば、今朝の秋山さんはいつもと少し様子が違った。

守口は朝七時三十分から秋山と西東警部、それに新人の五反田刑事と四人でホテル一階のカフェの朝食をとった。

宿泊先のホテルの朝食はインターネットの口コミでも評判が良かったので楽しみにしていたが、金額に対してのボリュームが確かに凄い。

今流行りのバイキングでは無く、和食と洋食と選べるタイプ。

和食を選んだ守口は、運ばれてきた御膳を見て思わず目を丸くした。

ご飯と漬物に味噌汁、ひじきの小鉢に、ほうれん草とベーコンの炒め物。

メインの鮭の塩焼きには玉子焼きに大根と人参のなますも添えられており、生野菜のサラダに、卵かけご飯用の生卵もある。

デザートには梨が二切れ、珈琲は飲み放題と本当に太っ腹だった。

このボリュームで千円札から三百円お釣りがくる。

食いしん坊の五反田なんかは朝から大喜びで、あっという間に朝食を平らげると、さらにご飯をおかわりしていた。

そんな中、秋山さんのテンションがとても高かった。

「僕がピンチの時は、五反田ちゃんが助けてくれるからね。ふふふ・・・」とか、訳の分からない事を言いながら、ニコニコと微笑んでいる。

こう言う時の秋山さんは、めちゃくちゃ危険だ。

みんな気が付いてないのかもしれないが、四年間コンビを組んでいた守口には解る。

多分、直感か何かが、ビビっとひらめいているのだろう。

それも、とてつもなくデカイ奴が。

この状態の秋山さんの側にいると、ロクな事がない。

必ず、訳の分からないことに引きずりこまれ、手伝わされる。

いや、手伝わされと言うより、強制的に巻き込まれるのだ。

でもそれはある意味、彼と一緒に仕事をする醍醐味でもある。

普通のありきたりな捜査をして、科学的に事件を検証する。

そんな退屈そうな仕事より、非科学的で奇想天外、直感一発勝負の秋山さんとの捜査の方が、ドキドキの連続で楽しくて仕方がない。

守口は、朝から嫌な予感を感じながらも、楽しいのやら、めんどくさいのやら、訳がわからなくなっていた。

タクシーが戸尾交差点を右折する。

信号を直進し、左カーブを曲がると、目の前に大きなショッピングモールの姿が視界に入ってきた。

タクシーが四階建ての雑居ビルの前で、ゆっくりと停車する。

守口はタクシー代を支払うと、素早くタクシーから飛び降りた。

最近、塗り替えられたのだろうか?

建物の古さを覆い隠すように、建物の壁は鮮やかな緑色に塗装され、サッシなどにはベージュ色の縁どりが施されている。

建物の階段に設置された郵便受けに、探偵事務所の名前を見つけた。

このビルにはエレベーターが設置されていない。

守口は階段を軽快に登っていく。

二階に上がると、「町田探偵事務所」とボードに書かれたドアを見つけた。

守口はインターフォンのチャイムを鳴らす。

インターフォン越しに、気難しそうな男性の声が聞こえてきた。


「この指輪を調べるの? 形が変わってるよね。」

町田探偵事務所の所長・町田浩幸はソファに腰掛け、真剣な眼差しで守口に手渡された写真を眺めている。

守口は向かいのソファから、町田をじっと観察していた。

元長崎県警の公安出身の刑事という事もあり、目の鋭さが半端ない。

服装はノーネクタイの黒いカッターシャツに、ベージュの綿パン。

丸刈りに刈り上げた髪型は、堀の深いハーフのように整った目鼻立ちを、より一層引き立てていた。

彼の顔は、まるでギリシャ彫刻のように見える。

秋山も若く見えるが、町田も秋山の一つ上の四十四歳とはとても思えないほど、若々しく見えた。

守口は町田の問いに、笑顔で答えた。

「そうなんです。実はその指輪は、事件の唯一の生存者、森吉祐子が発見された時に手に握りしめていた物です。秋山さんは、その指輪と大川内家に何らかの繋がりがあると考えてます」

「大川内家って、聖文女子学園を経営している、あの大川内一族のことだよね」

「そうです。その大川内家です」

「秋山君は何も言ってなかったけど、何で自分たちで調べないの?何もわざわざお金を出して、探偵事務所に依頼するような仕事でもないでしょう」

町田は怪訝そうに顔をしかめる。

守口は、指輪の紛失のことはもちろん、大川内家の美猴憑きの話も付け加えて、事の経緯を詳しく説明した。

「なるほど。警察内部に、大川内大臣の手下になって動いている人間がいるって事か。そりゃ秋山君の動きも、相手に筒抜けになっちゃうよね。しかし、大川内大臣の近辺を調べるとなると、結構デリケートな仕事になるな。うちが指輪のことを嗅ぎまわってる事がバレれば、この探偵事務所にも何らかの圧力がかかってくるだろうしね。仕事は引き受けるけど、調査費用は高くつくよ」

「もちろん、それは秋山さんがポケットマネーで支払われると思いますから、大丈夫です」

守口は秋山から預かってきた封筒を、町田に手渡す。

町田は中身を確認すると、思わず苦笑いを浮かべた。

「全然足りない・・・」

「町田さん、そこを何とか」

守口は思わず手を合わせる。

町田は写真を鋭い視線で見つめながら、考え込むように黙り込んだ。

「仕方ないな。秋山君の頼みだから、今回は引き受けてやるか。取り敢えず、これは前金として頂いておきます。残りは調査報告書と引き換えという事で」

「有難うございます」

守口は渾身の笑みを浮かべる。

町田は苦笑いを浮かべながら、大きなため息を吐いた。

「ところで、さっき話してた美猴憑きの件だけど、もしかしたら詳しい話を聞ける人がいるかもしれないよ」

「えっ、本当ですか? ちなみに、どういう方ですか」

守口は目を輝かせる。

美猴憑きの情報を、わざと流したのが功を奏した。

町田は立ち上がると、自分のデスクの引き出しから名刺用のファイルを取り出す。

ファイルをパラパラとめくりながら、一枚の名刺を指さした。

「佐世保国際大学の徳安教授。僕の古くからの知り合いなんだけどね。民俗学の研究をしている、かなりマニアックな人だよ。とにかく、長崎県の歴史や文化について語らせたら、右に出るものはいない。民俗学に関しては、長崎県では第一人者だと思うよ」

町田はニヤリと微笑んだ。

「うわぁ。秋山さんが泣いて喜びますよ。ぜひ、ご紹介下さい。さっそく、徳安教授にお話をお聞きしてきますから、教授の連絡先を教えて頂けますか」

「解りました。徳安教授には、僕から連絡しておきます。それより君、タクシーでここまで来たんでしょ。うちの探偵事務所の助手が、もうすぐ出勤してくるはずだから、ホテルまで遅らせますよ」

「凄い!助手までいらっしゃるんですね。あの、もしかしてお名前は小林とか?」

「それ、江戸川乱歩の名探偵明智小五郎シリーズに出てくる小林少年でしょ。うちの助手は松木です」

ニコリともせずに守口の軽口をたしなめた町田は、指輪の写真を丁寧に封筒の中に戻した。

五分ほどして、助手の松木豊が事務所に出勤した。

黒いライダースーツの革ジャンに、黒のスキニーパンツというパンク風のスタイル。

顔は年上の女性に好かれそうな甘いマスクで、とても探偵助手はに見えない出で立ち。

元公安出身でキレ者の町田に比べると、明らかに頭の回転は遅そうに見えた。

松木は、守口の姿に気が付くと、不思議そうに声をかけた。

「あの、どちら様ですか? あっ、もしかしてご依頼人の方ですね」

松木は愛想よく笑顔を振りまく。

町田は無表情のまま、松木に話しかけた。

「その方は、長崎県警本部、捜査一課の守口巡査部長だよ。たった今、個人的に極秘情報の調査のご依頼をお受けした。守口さんを、宿泊先のホテルまでお送りしてきなさい」

町田の声に、松木の目が憧れの眼差しに変わる。

「えっ、捜査一課の刑事さん? 凄い人じゃないですか。これは失礼しました。僕は助手の松木です。すぐに車を回してきますので、今しばらくお待ちください」

松木は守口に一礼すると、慌てて車を取りに事務所を飛び出した。

次回のお話

烏帽子岳の孫悟空「第二十一話」

2021.03.07

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西洋文化の漂う、坂の街、長崎市。余命三ヶ月と宣告された秋山は、偶然訪れた神社で、「龍神の姿を見た」と語る女性と出会う。
片や1980年代、高度成長著しいバブル絶頂の大分市。中学二年生の卓也は、仲間たちに囲まれ、楽しい学校生活を過ごしていた。そんなある日、彼は幼馴染の部屋で衝撃的な場面を覗き見ることになる。
二つの物語が重なり合う時、この物語は驚愕のラストを迎える。

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