烏帽子岳の孫悟空「第十七話」

烏帽子岳の孫悟空

烏帽子岳の孫悟空「第十七話」

捜査二日目
平成二十九年九月二十一日、PM17:15

夕方17時を過ぎた烏帽子岳の空は、夕陽の光を浴びて少しづつ黄金色に染まっていく。

秋山警部補と五反田刑事は、烏帽子岳八合目付近で起こった土砂崩れの現場検証を切り上げると、大島署長とともに烏帽子岳署に戻り、会議室で二日目の捜査会議を始めた。

西海市の事件を追っていた西東警部と守口巡査部長も、秋山たちと合流する為、烏帽子岳署に向かっている。

五反田は、会議室に準備された熱い珈琲と、署員の川頭杏里の手作りのドーナツの山に目を輝かせていた。

本当は午前中に捜査会議を予定していたが、早朝に土砂崩れ現場から失踪中のタクシーが見つかったため、三人は朝から現場に直行する羽目になった。

秋山と大島署長は、捜査二日目の進捗状況をまとめ上げると、急いで明日からの捜査について人員配備等の話し合いに入る。

五反田が発見されたタクシーの報告書を書きながら、ドーナツに手を出そうとした瞬間、突然、会議室の内線電話のベルが鳴った。

大島は、内線をスピーカーに切り替える。

川頭の声が、部屋中に響き渡った。

「秋山さん、西東警部と守口巡査部長がご到着されましたぁ」

「杏ちゃん、お二人を会議室に通して下さい」

「承知しましたぁ。お二人をそちらまでお連れしますね」

川頭の舌足らずな声に、秋山は思わず微笑む。

五反田は慌てながら、口の中のドーナツを飲みかけの珈琲で流し込んだ。

川頭に連れられて、西東と守口が会議室に入ってきた。

烏帽子岳署が初めてだった西東は、目をキョロキョロさせながら部屋を見渡している。

守口は、秋山と五反田の姿を確認すると、嬉しそうに笑みを浮かべた。

会議室は十五畳ほどの広い空間で、長机が二つ並べられており、折りたたみのパイプ椅子が八脚設置されていた。

大島は慌てて椅子から立ち上がると、二人の刑事に敬礼のポーズを取った。

西東と守口も素早く敬礼で挨拶を返し、お互いに軽い自己紹介を交わした。

「では、私はこれで。何かあったらいつでも声をかけて下さい」

大島は秋山と打ち合わせをしていた資料を手に取ると、慌てて会議室を後にする。

烏帽子岳署の事務所では、明日の捜査の指示を待つ署員たちが、大島を待っていた。

「うわぁ、このドーナツ手作りですか?これ、めっちゃ旨そうですね」

守口が、皿に山積みにされたドーナツを見て、過敏に反応を示す。

「あっ!それ、凄く美味しいんです。守口さん、全部食べちゃ駄目ですよ」

五反田はドーナツに手を伸ばしながら、まるで自分が作ったかのように自慢げに囁いた。

四人は熱い珈琲と、ドーナツをつまみながら軽いミーティングを始める。

秋山は合流した西東と守口に、この二日間の捜査状況の報告を始めた。

「何なんですか、このタクシーの潰れ方は!まるで分厚い鉄板じゃないですか」

守口は気味が悪そうに、土砂崩れ現場から見つかったタクシーの写真に目を通す。

西東は顔をしかめながら、思わずつぶやいた。

「確かに土砂崩れに巻き込まれたくらいで、こんな原型が解らなくなるくらいタクシーが押し潰されることは無いですよね。しかしこうなってくると、西海市の事件も佐世保市の事件も・・・この世の出来事では済まされない感じになってしまうなぁ」

「そうですね。多分どちらの事件も、一般的な捜査で解決できるレベルでは無いと思います。少なくとも、レベル6以上の案件にはなるでしょうね。ただ、救いは二つの事件に共通点が出てきた事です。上手くいけば、同時に事件が解決できる。上手くいけばですが・・・」

「しかし、今、解っている共通点は、同じ千年前の猿の毛が発見されているという事だけですよね。ここからどう捜査していけばよいのか」

「警部、その件で一つご報告があります。森吉祐子の学生服に付着していた千年前の猿の毛ですが、今回の失踪事件の遺留品の中で、このデータだけが、なせか長崎県警のデータベースから消えていました」

「えっ、千年前の猿の毛だけ、うちのデータベースから消えてたんですか?」

西東は困惑した表情で、秋山に問いかけた。

「そうです。データベースをいくら検索しても、情報が出てこないんです」

「なぜ消えてしまってるんですかね。心当たりはあるんですか?」

「実は、科捜研の西副所長の同期に内務捜査官の方がおられまして。その方に極秘に頼んで、詳細を調べてもらいました。先ほど連絡を頂いたのですが、その情報では捜査に圧力をかけた人物がいるようです」

「そういう事ですか。それで、圧力をかけた人物の特定は出来てるんですかね?」

「特定出来てます。相当な大物ですよ」

秋山の顔が険しくなる。五反田は秋山の横で、顔を引きつらせていた。

「いったい誰なんですか?」

西東は顔をしかめながら、問いかける。

守口は、ドーナツを掴もうと伸ばしかけていた手を止めた。

「防衛大臣の大川内睦郎衆議院議員です」

「マジですか!それは、ちょっと相手が悪すぎますよ」

西東が、驚いて声を上げる。

思わぬ大物の名前の登場に、守口も慌てて話に割って入ってきた。

「ちょっと待って下さい。確かに現役の閣僚なら、何でもありですよ。県警に圧力をかければ、うちのデータベースくらいどうにでもなりますよね。でも、大川内大臣と、千年前の猿の毛がどう結びつくんでしょうか?」

守口は、不思議そうに首を傾げる。

秋山はにっこり微笑みながら、守口の問いに答えた。

「まぁ、大川内大臣が直接動いたって事は、何か重要な秘密があるんだろうね。叩いてみたら、確実に埃が出てくると思うよ」

「秋山さん、それだけはやめときましょうよ。相手は防衛大臣ですよ。僕ら一発でひねり潰されちゃいますよ」

守口は泣き言をいいながら、ドーナツを口に運ぶ。

秋山は、守口を呆れたように睨みつけた。

二人の会話に耳をかたむけていた西東は、何かを考えてこむように黙り込む。

西東は、心を落ち着かせるように熱い珈琲を一気に飲み干すと、重い口を開いた。

「解りました。それで、これからどうしましょう。守口君の言うとおり現役の大臣が相手ですから、下手に手が出せませんね。秋山さんの考えを聞かせて下さい」

西東は困ったように、問いかける。

秋山は、大きく頷いた。

「警部、ここは攻めどころですね。思い切って聖文女子学園を調べてみましょう。ここの理事長は、大河内大臣の息子の大川内勇一郎氏です。叩けば、必ず何か出て来ると思います」

「そうですね。調べましょう。でも普通に捜査に入ると、僕らにも圧力が掛りますね」

「では、今回は正攻法ではなく、相手の裏をかく作戦で行きましょうかね。先ずは大河内理事長を正面から突いてみますか」

秋山は自信ありげにつぶやいた。


「守口君。明日、一つ内密な仕事を引き受けてくれないか?」

ミーティングが終わり、会議室を出ようとしていた守口に、秋山が声をかける。

西東と五反田は、先に部屋を出て行った。

「構いませんよ。何をすれば良いんですか?」

「昨夜、電話で話してた件だよ。消えた指輪の写真がデータベースに残ってたから、こっそり印刷しておいた。その写真を、ある人物に渡してきて欲しいんだ」

「誰に会ってくれば良いんですか?」

守口は、興味津々に秋山の顔を覗きこむ。

秋山は、内ポケットから一枚の名刺を取り出した。

「町田探偵事務所。住所はこの名刺に書いてある」

守口は手渡された名刺に目を通す。

名刺には「町田探偵事務所、所長 町田浩幸」と書かれていた。

「えっ!町田浩幸って・・・確か、秋山さんと仲が良かった、公安の町田刑事ですよね。今、探偵やってるですか?」

「そうだよ。ヒロさんは三年前に退職しただろう。あの後、探偵事務所を開いたんだ。彼は公安出身だからね。探偵の仕事には持ってこいだよ」

「確かに、元公安出身って探偵に向いてそうですよね。でもあの人の場合、秋山さんの直感と違って、完全なる思いつきですからね。シャーロック・ホームズにはなれないでしょう」

守口は悪戯っぽく微笑む。

「確かにヒロさんは、理論派なのに思いつきで動いてしまう面白い人だよ。でもその思いつきで、たまに大当たりを引き当てる事もあるんだ。それより守口君、この指輪の写真見てみてよ」

秋山は封筒から一枚の写真を取り出すと、守口に手渡した。

「あれ、この指輪の形、何処かで見たことあるな。何だろう?」

守口はじっと写真を見つめている。

秋山は小声でつぶやいた。

「ほら、それを頭につけてる猿の妖怪がいるだろう」

「えっ、この指輪を頭につけてる? あっ、孫悟空だ。この指輪は、孫悟空が頭につけてる輪っかにそっくりなんですね」

「その通り。まぁ、この事件はとにかく猿、猿、猿だからね。この指輪も、必ず事件に絡んでくるはずなんだ。でも指輪の件は、僕らは気づかなかった事にして、あえて民間のヒロさんに調べてもらう事にする」

「そうしましょう。大臣の圧力があったにせよ、データベースを消した人間が長崎県警の中にいるんですから。敵を欺くには、まずは味方からって事ですね」

「そう言うこと。ヒロさんとは、明日の午前中にアポイント取ってあるから。あとは宜しく頼むよ」

秋山は、守口の肩を軽く叩いく。

「まかしといて下さい。その代わり、あとでバッチリ美味いものを奢ってもらいますからね」

守口は、笑いながら軽口を叩いた。

次回のお話

烏帽子岳の孫悟空「第十八話」

2021.01.15

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西洋文化の漂う、坂の街、長崎市。余命三ヶ月と宣告された秋山は、偶然訪れた神社で、「龍神の姿を見た」と語る女性と出会う。
片や1980年代、高度成長著しいバブル絶頂の大分市。中学二年生の卓也は、仲間たちに囲まれ、楽しい学校生活を過ごしていた。そんなある日、彼は幼馴染の部屋で衝撃的な場面を覗き見ることになる。
二つの物語が重なり合う時、この物語は驚愕のラストを迎える。

やまの みき (著)