連載小説 須佐の杜ラプソディ|第八話「牛の掛け軸」

第八話「牛の掛け軸」

津上知佳は、二階にある和室の一室に一人腰を下ろしている。

部屋の広さは畳が八枚。

床の間には恐ろしい水牛が描かれた水墨画の掛け軸がかけられており、きっちりと閉められた窓の外からは、大勢の人々が行き来しあう華やかな音が漏れ聞こえていた。

 

知佳はこの半年間、佐世保市にある総合病院に入院していた。

病名は癌で、ステージ4ともう長く生きる見込みもない。

半年の間に、随分と痩せてしまった。

知佳には長女の姉と長男の兄がいる。

姉は結婚し家庭を持っていたが、兄はまだ独身で須佐神社の近くのマンションに一人暮らししていた。

両親は早くに亡くなっているので、頼れるのはその二人だけ。

今日は、姉が病院に着替えを持ってきてくれるはずだった。

病室のドアが開いた瞬間、姉が来たと思った知佳は、読んでいた雑誌から目を離す。

しかし、ドアの前に立っていたのは、ぼろぼろの作務衣を着た老人だった。

「どちら様ですか?」

知佳は不思議そうに老人に話しかける。

老人は微笑みながら病室の中に入ってきた。

「あんたを迎えに来たんじゃよ。わしは、あんたの案内人じゃ」

「案内人?どこへ案内されるんですか?」

「あんたの知らない世界じゃよ。口で説明するのは難しいから、とにかくわしについてまいれ」

知佳は怪しげな老人の言葉に、顔をしかめる。

老人は、いつの間にかベッドの横に立っていた。

「私、ごらんのとおり、病気なんです。体が自由に動きません。外出なんて出来ませんよ」

「そんなことは分かっておる。わしの手に触れなさい」

老人は、勝手に知佳の白い指先に手を触れる。

その瞬間、知佳の体が嘘のように軽くなった。

「これで、動けるようになったじゃろう。さあ、行くぞ。ぐずぐずしておれん。あんたのお兄さんも迎えに行かなきゃならんからな」

「兄も一緒なんですか?」

知佳は兄の名が出たとたん、少しだけ安堵の表情を浮かべる。

老人は、小さくうなずいた。