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烏帽子岳の孫悟空「第十話」


烏帽子岳の孫悟空「第十話」

捜査一日目
平成二十九年九月二十日、PM22時11分

ホテルの部屋に戻った秋山は、すぐにシャワーを浴びた。

時間は22時を回っている。

疲れた身体を備え付けのバスタオルでサッと拭き取ると、 濡れた髪をドライヤーで乾かした。

出張中のホテルの部屋は、警察の規定でシングルの部屋と決まっている。

なので今回もシングルの部屋を予約したのだが、ベッドのサイズはダブルサイズの大きさだった。

秋山は、少し特した気分になる。

ふかふかの大きなベッドに横たわると、充電中のスマートフォンを手に取り、後輩の守口貴彦刑事に電話をかけた。

守口は秋山と同じ捜査一課に所属している。

階級は巡査部長。

彼は西東警部が捜査一課に配属になる前、四年間に渡り秋山とコンビを組んでいた。

三十ニ歳とまだ若く、新人の五反田が配属するまでは、捜査一課で最年少の刑事だった。

いつもは新人の五反田とコンビを組んでいるが、佐世保市の事件に駆り出された秋山の代役として、今日から西東警部とともに西海市の事件を担当している。

バランス感覚がよく、捜査一課の中では秋山の直感を重視した捜査方法に、一番順応した刑事だった。

「秋山さん、こんな遅くにどうしたんですか?五反田ちゃんを泣かしたりしてないでしょうねぇ」

守口の甲高い声が、耳に響いてくる。

秋山は、気心知れた後輩の声を聞いて、にっこり微笑んだ。

「そんな事する訳ないだろう。ちゃんと上手くやってるよ」

「五反田ちゃん、どうせ食べてばっかりでしょう」

「まぁ、そんな感じだね。さっきもオムライスの大盛りにレモンステーキを完食してたよ」

「うひゃ〜。相変わらずですね」

守口はケラケラと笑いだした。

「ところで、西海市の事件の方はどんな感じ?防犯カメラは確認した?」

「そうそうソレですよ。秋山さん、何なんですかこの事件は。今日初めて防犯カメラの映像見ましたよ。あれはマジでヤバいですね」

「そうなんだよ。西東警部一人ではとても難しいと思うから、フォローをしっかり頼むよ」

「いや、コレはどう見ても秋山さんの案件でしょう。こんな事件、まともに捜査してたって絶対に駄目ですから。秋山さんみたいな、直感とかヒラメキとか当てずっぽうとか、そんなんじゃなきゃ解決は無理ですって」

「最後の当てずっぽうは、余計だろう」

秋山は思わす吹き出した。

「だいたい、こんな激ヤバの事件を僕に押し付けて、自分だけ佐世保の事件の方に行っちゃうなんて酷いですよ。そっちは女子高生がいっぱいいるんでしょう」

「別にそっちの捜査を守口君に押し付けた訳じゃないし。僕は杉本課長から、直々に指名されたんだから」

「それなら、なんで僕を相棒に指名してくれなかったんですか」

守口の恨めしそうな声を聞いた秋山は、なだめるように問いに答えた。

「それも、杉本課長の指示なんだよ。西海市の事件の方がヤバいと判断したから、新人をコッチにつけたんだろう」

スマートフォンから、守口の悲痛な呻き声が聞こえてくる。

秋山は、捜査一課の杉本課長の顔を思い浮かべた。

上司の杉本の事を、秋山は心から信頼している。

杉本は、秋山の特殊な捜査方法に、ぜったいに口を挟まない。

それは、捜査一課のエースである秋山に対して、杉本が信頼を寄せてくれている証である。

秋山の直感頼りの捜査には、いつも賛否両論あるが、杉本はどんな時でも秋山の良き理解者となってくれた。

「それより、こっちもかなりヤバイんだよ」

突然、いつも前向きな秋山が、珍しく愚痴をこぼした。

「え〜、そっちもヤバいんですか。そういえば、杉本課長が女子高生が記憶喪失になってたって、ブーブー言ってましたね」

守口は思い出したように相槌を打つ。

秋山は、横になっていたベッドから、ゆっくりと起き上がった。

「実は、遺留品だった獣の毛のデータが、長崎県警のデータベースから消されてるんだよ」

秋山のテンションが、明らかに下がっていく。

守口はあえて、ワザとおどけたような声を出した。

「あっ!それ、なんかキナ臭いですね」

「そうだろう。だから、杉本課長にお願いして、科捜研に再調査を頼んでもらったよ」

「科捜研ですか。西副所長の出番って訳ですね」

「そうそう。喜一郎先輩がこっちについてくれたら、鬼に鉄棒だからね」

「こっちについてくれたらって、どういう意味ですか?」

守口が不思議そうに、聞き返す。

「喜一郎先輩は、絶対に圧力に屈しないって事だよ。多分あのデータは、何処からか圧力がかかって消されてるはずだからね。それとね、もう一つキナ臭い話があるんだ」

「えっ。まだ、あるんですか?」

守口が怪訝そうに問いかける。

秋山は、ゆっくりと立ち上がると、スマートフォンを片手に部屋の窓を全開に開けた。

窓の外に、暗闇の中から薄っすらと烏帽子岳の姿が確認できる。

まるでこちらを監視しているような、嫌な気配が漂っているような気がする。

まただ・・・。

秋山は少し声のトーンを落とすと、新人の五反田にはまだ伝えてない、重要案件を守口に話しだした。

「こっちは全く逆なんだけとね。データベースに残ってる金色の指輪が無くなっちゃってるんだよ」

「それ、遺留品の紛失じゃないですか。大問題ですよ。いったい誰の持ち物だったんですか?」

「失踪から三日後に見つかった森吉祐子が、発見時に手に握りしめていた指輪なんだけどね・・・誰かが故意に持ち出したとしか思えないんだ」

「烏帽子岳署の方には、ちゃんと確認したんですか?」

「いや、あえて気がつかないフリをしてるよ。この件は、表に出さずに内々に調べてみようと思ってる。何か出てくるかもしれないしね。五反田ちゃんには、まだ伝えてない。取り敢えず、この件は内密に」

秋山は、小さなため息をつく。

守口は、秋山の考えに賛同した。

「そうですね。この話は二人だけの秘密でいきましょう。僕に出来ることがあったら、いつでも言って下さい。しかし、こりゃどっちの事件も大変だ。杉本課長の不機嫌な顔が
続きますね」

守口ものんきな声を出しながら、大きなため息をついた。


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西洋文化の漂う、坂の街、長崎市。余命三ヶ月と宣告された秋山は、偶然訪れた神社で、「龍神の姿を見た」と語る女性と出会う。
片や1980年代、高度成長著しいバブル絶頂の大分市。中学二年生の卓也は、仲間たちに囲まれ、楽しい学校生活を過ごしていた。そんなある日、彼は幼馴染の部屋で衝撃的な場面を覗き見ることになる。
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やまの みき (著)