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捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、PM13:01
森吉祐子は南佐世保総合病院の病室で、のんびりとした時間を過ごしていた。
今のところ、誰も見舞いに訪れていない。
色々な検査や警察との面会など、昨日までのバタバタしたスケジュールが嘘のように思えた。
祐子はベッドに横たわりながら、窓の外の景色を眺めていた。
窓側の棚に飾られたラムネ色の花瓶には、真っ赤な薔薇の花が生けられている。
高校一年の時に担任だった柚原先生が、見舞いで持ってきてくれたものだ。
私は一年間もの間、ずっとこの病室で眠り続けていたらしい。
とても信じられない話だ。
昨日、柚原先生に「まるで浦島太郎になった気分じゃない?」と言われた。
そんなこと思ってもみなかったが、良く考えたてみたら、今の私は確かに浦島太郎なのかもしれない。
世の中は、この一年間でどう変わったのだろう。
私は何も変わってないのに。
祐子は、小さなため息をついた。
窓から見える空は、雲ひとつない晴天だ。
空一面に、青空が広がっている。
そういえば・・・私が長い眠りから覚めてから、一度も雨は降っていない。
でも、雲は見かけた。
雲?
祐子は、ふと昨日窓越しに見かけた、真っ白な雲の事を思い出した。
あの雲と同じものを、どこかで見たことがある。
あの雲を見つけた瞬間に、そう思った。
一体、どこで見かけたのだろう。
あの真っ白なもくもくとした雲を見てから、頭の中に深い霧がかかってしまった。
一晩眠れば、少しは頭もすっきりするだろうと思っていたのに。
朝から目が覚めても、このもやっとした感覚は一向に消える気配はない。
なにか、強い力に記憶を支配されてしまってるような、そんな感覚だ。
思い出せそうで、思い出せない。
こんな時は、あの言葉を唱えると良いかもしれない。
祐子は、母親代わりになって自分を育ててくれた祖母から教わった、あの言葉を思い出した。
南無、観世音菩薩。
「心が落ち着かないときや、不安な気持ちが治まらないときは、南無観世音菩薩、と唱えなさい」
信仰心の深かった祖母は、私が不安がると、いつも仏壇の隣に祀ってあった観音様の仏像の前に連れていき、この言葉を唱えさせた。
小さな頃から、不思議とこの言葉を唱えると、心が落ち着く。
私はこの言葉を、勇気をくれる魔法の言葉だと思っている。
そういえば、祖母が亡くなってどれくらい経つのだろう。
祐子は、そっと目を閉じる。
両親が物心つく前に離婚し、父親に引き取られた祐子は、父方の祖父母に育てられた。
祖父も祖母も、祐子を我が子のように愛情をかけて育ててくれた。
祖父母には、本当に感謝している。
でも、私の両親は・・・。
父親は大学の仕事で、ずっとフランスに住んでいる。
母親に関しては、写真すらなく顔も知らない。
結局、私は父にも母にも捨てられたのだ。
父とはたまに連絡を取り合っているが、あと何年したら帰国するのやら。
私のことは、ずっとほったらかしだ。
祐子は心に大きな穴が開いているような、満たされない苦しみを抱えていた。
亡くなった祖母の顔を思い出してみる。
何時もの穏やかで優しそうな祖母の顔だ。
祖母が右手の人差し指を唇に当てる。
頭の中に思い描いた祖母の口元が、ゆっくりと動いた。
「南無、観世音菩薩」
祐子も祖母につられて、観音様の言葉をつぶやく。
祖母の顔がにっこり微笑んだ。
あれ?
私は、さっき変なことを思っていた。
母親の顔を知らない?
そんな馬鹿な。
私は母親の顔を知っているはずだ。
だって、あの人は・・・。
祐子は記憶の中から、必死に母の顔を思い出す。
しかし、思い出そうとすればするほど、記憶の中にかかった霧が濃くなり、母の姿は浮かんでこなかった。
祐子は、顔をしかめる。
その瞬間、祐子に異変が起こった。
突然、祐子の頭の中に金色の光が差し込んでくる。
その光が、頭の中いっぱいに広がっていく。
記憶の中の深いもやもやとした霧が、一気に晴れていき、忘れていた母の顔が浮かび上がってきた。
そして、今まで思い出せなかった一年前の記憶が、映画のワンシーンを見ているような感覚で蘇ってくる。
一年前のあの日、タクシーに乗って私は何処に向かっていたのか・・・。
烏帽子岳の山頂を目指して、細く曲がりくねった山道を、一台のタクシーが走り去っていく。
乗客は三人の女子高生。
車内には女子生徒の放つ、甘い香りで満ち溢れていた。
「ねぇ、マジでやっちゃうの?」
「ここまで来て、何言ってるのよ。もし本当だったら、涼子だって見てみたいでしょ」
「確かに・・・」
「でも、大丈夫じゃ無かったらどうしよう」
「その時は、はるかがちゃんと責任取ってよね」
タクシーの後部座席から、クラスメイトの大林涼子と塩田はるかの興奮した声が聞こえてくる。
助手席に座っていた聖文女子学園高校一年生の森吉祐子は、そんな同級生たちの会話に耳を傾けていた。
年配のタクシードライバーは、ラジオから流れてくるこぶしの効いた演歌に合わせて、鼻歌を歌っている。
祐子は森の新鮮な空気を吸いたくなって、助手席の窓を開けた。
「ねぇ、祐子もそう思うでしょう」
突然、後ろから声をかけられた。
はるかが、前かがみになって助手席の方へ顔を突き出してくる。
祐子は後ろも振り向かず、前を向いたままクールに口を開いた。
「さぁ。私はどっちでも良いけど」
「祐子って、ほんとドライよね」
はるかは呆れたように顔をしかめる。
「なに言ってるのよ。祐子は何時もこんな感じじゃん」
涼子が話に割って入ってきた。
あまり、はるかのグループとは連まない涼子だが、この件に関しては、はるかと意気投合している。
それは、私も同じなのだが・・・。
祐子は周りに気がつかれないように、小さなため息をついた。
「そうね、祐子は何時も沈着冷静だからね」
はるかは一人で勝手に納得すると、後ろに顔を引っ込める。
二人はまた、後部座席で話の続きを語り合っていた。
助手席から見える空が、夕焼けで金色に輝いていた。
空に、真っ白なもくもくとした雲が、一つ浮かんでいる。
祐子の動きが止まった。
くっきりとした二重まぶたの目が、大きく見開く。
あの雲はなに?
よく見れば見るほど・・・まるで生きてるみたいだ。
丸々と太ったように濃厚で、重たそう。
もしかしたら、人が上に乗れるかもしれない。
人が乗れる?
そうだ。
孫悟空が乗っていた、筋斗雲だ。
孫悟空?
孫悟空は、どれくらいの大きさなんだろう?
そんな事を、真剣に考えている自分が可笑しくなる。
あの雲の上に乗ってみたいな。
祐子は思わず微笑んだ。
後部座席が、突然静かになった。
祐子はミラー越しに、二人の表情を盗み見る。
二人とも緊張からか、顔が少し強張っていた。
もうすぐ目的の場所だ。
あれには絶対に、関わってはいけない。
何としてでも、この二人を止めなければ。
運転手は、相変わらず鼻歌を歌っている。
三人を乗せたタクシーは、烏帽子岳の夕日を浴びながら、山頂に向かって走ってゆく。
前方には、大きなS字のカーブが迫っていた。
そしてその先には・・・。
祐子は、驚いたように大きな二重瞼の目を見開く。
その瞬間、祐子はすべての記憶を取り戻した。
そうだ、あの日・・・私はタクシーに乗って、あそこへ向かっていたんだ。
あの人の計画を止めるために。
このままでは、大変なことになってしまう。
まだ、あの計画は達成されていないはずだ。
私は、こんなところでグズグズしている訳にはいかない。
何か、アクションを起こさなきゃ。
祐子の脳裏に、秋山警部補の顔が浮かぶ。
そうだ、あの刑事さんに相談してみよう。
祐子は財布の中に大切にしまっておいた、一枚の名刺を取り出した。
名刺には「長崎県警本部 捜査一課 警部補 秋山卓也」と書かれてある。
警部補ってなんだろう?
偉い人なんだろうか・・・。
まぁ、そんなことはどうでも良い。
初めて会った時、この人は私の味方だと思った。
この人なら、きっと私の話を信じてくれるはず。
あの刑事さんに相談してみよう。
包み隠さず、全てを話すんだ。
でも、突然こんな突拍子もない話をして、彼は本当に信じてくれるだろうか・・・。
祐子は窓越に映る青い空に目を向ける。
窓の外には、真っ白なもくもくとした雲が、こちらを覗き込むようにぷかぷかと浮いていた。
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