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捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、PM12:30
長崎県警本部捜査一課の三村泰久警部と小島吉博警部補は、出張先の福岡市を出発し長崎県佐世保市へと車を走らせていた。
九州道の高速道路は、三車線とも大渋滞となっている。
二車線でも閑散としている長崎道と比較すると、交通量の差は歴然としていた。
「出張先から現場に直行なんて珍しいですよね。佐世保市の失踪事件で、何か進展があったんですか?」
ハンドルを握っていた小島は、不思議そうに上司に語り掛ける。
三村は何時もののんびりした口調で、部下の問いに答えた。
「いや、さっき杉本課長から連絡があってね。ほら、一人だけ無事に発見された女子高生がいたでしょ。あの子の護衛を担当して欲しいってさ。どうやら秋山君からの依頼らしいよ」
「やっぱり、そんな事だろうと思ってましたよ。出張明けで、明日から二連休の予定だったのに・・・どうせ秋卓のいつもの思い付きでしょう」
小島は不満を漏らしながら、高速道路を突っ走る。
二人を乗せた車は、鳥栖ジャンクションを通過すると二車線の長崎道に入っていった。
二人が参加していた福岡の研修は、警視庁の指導のもと九州管区警察局の指揮により福岡県警本部の大会議室にて行われた。
九州管内の県警本部捜査一課の刑事達が一堂に集められ、広域捜査における連携について年に一回、三日間の日程で開催されている。
色々なケースを想定し、情報提供の対応や捜査協力のやり方などをシュミレーションしていくのだが、警察特有の縄張り意識などもあり、実際のところ現場で研修通りに連携が取れているとは言い難い。
刑事達はもっぱら、最終日の夜に中洲の繁華街で行われる打ち上げという名の大宴会を楽しみに、研修に参加していた。
「そういえば、昨日から西東警部と守口も佐世保に合流してるみたいですね。西海市の事件と佐世保市の事件は繋がってたってことですか?」
「そうみたいだね。しかも、捜査に圧力をかけた人物がいるみたいでさ。西東警部は警視庁からの指示で、早々と捜査から外されたらしいよ」
「マジですか! なんかヤバそうですね。ますます合流したくなくなってきたなぁ」
「そんなこと言わないの。今回の福岡出張なんて、中身もないし面白くもなんともなかったでしょ。福岡県警本部での研修なんて、いつもあんなもんだからさ。あれに出席するくらいなら、こっちの捜査に参加する方がまだマシでしょ」
三村は、なだめるように小島に言い聞かせる。
小島は苦笑いを浮かべながら、スカイラインのアクセルを一気に踏み込んだ。
助手席の窓から、高速道路の壁越しに大きなラブホテルの看板が見える。
高架下には、佐賀市内の街の風景が一面に広がっていた。
三村は移り変わる窓の景色をぼんやりと眺めながら、杉本課長との会話を思い出していた。
捜査は厳しい方向へ追い込まれているらしい。
杉本課長はまだ諦めてはいなかったが、捜査には現役閣僚からの強い圧力がかけられているようだ。
しかも、ヤバイのはそれだけではない。
まだ相棒の小島君には話してないが、この事件は摩訶不思議な要素が多く、このまま行くとレベル6以上の事件に認定されてしまう可能性が高い。
完全に手詰まり状態なのだ。
しかし、杉本課長が圧力にも屈せず、強気に捜査続行を決めたのには理由がある。
課長の話だと、秋山警部補が捜査の切り札を用意しているらしいのだ。
内容はまだ確認してないが、どうやら「美猴憑き」というキーワードが捜査の鍵を握っているらしい。
スマートフォンでその言葉をネット検索してみたが、全くヒットしなかった。
検索で唯一引っかかったのは「美猴王」という名前だけ。
どうも、孫悟空の別名らしいが・・・全くもって意味不明である。
まぁ、あの悪運の強い秋山君が張り切って捜査の指揮を執っているらしいので、ここは彼に頑張ってもらうのが一番良い。
こういう時の彼は、本当に心強いのだ。
理論派の三村は根拠のない直感はあまり信じないタイプだが、今回は直感型の秋山にかけてみることにした。
しかし美猴憑きとは、いったいなんなのか?
孫悟空と美猴憑きの関係は?
そういえば、西海市の事件にも繋がってるんだったな・・・。
秋山君はいったい、どんな情報を掴んでいるのか?
早く彼に会って色々と確認したい。
めんどくさがり屋の自分が、珍しく事件に興味を持ちはじめている。
三村は逸る気持ちを抑えるように、ゆっくりと瞼を閉じた。
スマートフォンをいじっていた三村は、ふと思い出したように顔を上げると運転中の小島に声をかけた。
「そういえば、小島君って秋山君と同期だったっけ?」
「私の方が一年先輩です。駆け出しの交番勤務の頃、一緒だったんですよ。当時から仲は良かったですね」
「そうなんだ。秋山君って、昔からあんな感じなの?」
「秋卓ですか? 全然変わってないですね。とにかく、あれは無茶振りが凄いんですよ。先輩後輩なんて、彼にはまったく関係ないですから。交番勤務の頃も、彼に良くこき使われました。でも、あの笑顔で頼まれると不思議と嫌な気がしないんですよね」
小島は思わず笑みを浮かべる。
三村は微笑みながら小さく頷いた。
「秋卓の捜査は、良くも悪くも一か八かの一発勝負ですからね。あのやり方に色々と言う人もいるけど、自分は昔から彼を信頼してます。今回もたぶん・・・いや絶対に、何かやらかすとは思いますけど」
「まぁ、あれはあれで良いんでしょうけどね。彼はちゃんと実績を残してますから。それに、どうせまた何か企んでるんでしょ。相手の裏をかくって張り切ってるみたいだからさ」
色々と考えてたら、やっぱり面倒になってきた。
三村はめんどくさそうに、大きな欠伸をした。
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