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捜査二日目
平成二十九年九月二十一日、AM2:33
丑三つ時。
秋山警部補が宿泊先のホテルで深い眠りについている頃、烏帽子岳の山深くに一人の女が立っていた。
月明かりもなく、烏帽子岳の森に吹く風はしっとりと冷たい。
森の枝葉たちが、風に揺られて小さな音を奏でている。
そんな不気味な暗闇の中で、女は静かに石造りの古い祠を遠くから眺めていた。
「ここは、こんな夜中に綺麗な女性が一人で立ち寄るような場所ではありませんね」
女の背後から、突然男性の低い声が響き渡った。
女は暗闇の中で目を細める。
闇の中から、ぼんやりと小太りな中年の男の姿が浮き上がった。
「あら。そちらこそ、こんな夜中に何をなさっているのかしら? 真夜中のパトロールですか、署長さん」
女はニッコリ微笑む。
署長と呼ばれた男は、居心地が悪そうに苦笑いを浮かべた。
「こんな時間に、貴女に呼び出されるのは初めてですね」
「ちょっと、色々と面倒な事になりそうなんです。また、貴方のお力を貸して頂こうかなと思って」
「内容によりますね。法に触れない事なら、いくらでもお力になりますが・・・」
「まぁ、嬉しいわ。私にまた力を貸して下さるのですね」
女は満足そうに真っ赤な口元を緩ませると、男の手をそっと握りしめる。
男の手に、ひんやりとした柔らかな感触が、悩ましく突き抜けていった。
女は男の手を引き、森のさらに奥深くへと突き進んで行く。
二人は、古い祠の前で立ち止まった。
建てられてどれくらい経つのだろう。
森の奥深くに設置された祠は、所々に亀裂が入っており時の流れを感じさせる。
小さな祠だが、何者も寄せ付けない威風堂々としたたたずまいを漂わせていた。
女は男の手を離すと、一人古い祠の前に立つ。
男は後ろから、女の動向を静かに見守っていた。
女は祠の重そうな石の扉を、ゆっくりと開いた。
ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。
石と石が擦れるような鈍い音が、静かな森の中に響き渡る。
祠の中には、古ぼけた一枚のお札が入っていた。
男は女の後ろから、お札の文字を読み取ろうと必死に首を突き出して覗き込む。
しかし暗闇が視界を鈍らせ、お札に何が書かれてるのかは判らなかった。
女のほっそりとした右手が動いた。
突然、森の木たちが騒めきたつように、大きな音をたてて揺れ動きだす。
突き抜ける風が、どんどんと強くなっていく。
女は長い髪を風になびかせながら、まるで嫌なものを触る様に細い指の先でお札に触れる。
その瞬間。
突然、漆黒の夜空から、鋭い一本の稲光が地上めがけて落ちてきた。
落雷の音が、森が悲鳴を上げるように烏帽子岳一帯に響き渡る。
暗闇に潜んでいた獣たちが、一斉に身を縮めた。
男は驚いたように目を見開く。
女は、悪戯っぽく微笑んだ。
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