烏帽子岳の孫悟空「第七話」

烏帽子岳の孫悟空
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烏帽子岳の孫悟空「第七話」

捜査一日目
平成二十九年九月二十日、PM14:58

佐世保市は古くから軍港として栄えた街だ。

その歴史は百年も前までさかのぼることが出来る。

第二次世界大戦終結後は、米海軍も第七艦隊佐世保基地を創設し、海外で唯一の強襲揚陸艦部隊の前進配備基地となっていた。

なぜ佐世保市が、海上自衛隊や米海軍の軍港として重宝されてきたのか?

これは、佐世保湾の独特な特性によるものだといえる。

佐世保港の主な区域を占める佐世保湾は、外海との出入口が一ヶ所しかない。

湾内は水深が深く湾が入り組んでいて、大きな台風が来ても海が荒れることはまれである。

このような立地条件は、他の港と比べると軍港の設置場所としては群を抜いていた。

佐世保市には、その他に陸上自衛隊も駐屯地を構え、西方方面混成団を結成している。

まさに九州地方の国防の拠点となっていた。

五反田刑事はアルバカーキ橋を横目に次の目的地、聖文女子学園に向かって車を走らせていた。

アルバカーキ橋は 、米海軍が管理するニミッツ・パークと隣接していることもあり、アメリカ人の姿をよく見かける。

助手席の秋山警部補は、派手なスポーツウェアを着こなし橋の上を走り去るブロンドの白人女性の姿を目で追いながら、スマートフォンを取り出した。

長崎県警本部に連絡を取る。

電話はすぐに、長崎県警本部捜査一課の杉本課長につながれた。

五反田はハンドルを握りながら、秋山の会話に興味津々に聞き耳を立てている。

耳元に、不機嫌そうな杉本の声が聞こえてきた。

「そっちの状況はどうだ。もう何か進展したのか?」

「いえ、まだまだこれからです。先ほど一年ぶりに意識を取り戻した森吉祐子に会ってきましたが、肝心の事件当日の記憶を失っていました」

「何も憶えてないのか・・・。西海市の猿の事件といい、このところ厄介な捜査ばっかり続くな」

秋山は、杉本のいつもの気難しい顔が目に浮かび、思わず笑みを浮かべた。

「ところで、杉本課長。午前中に烏帽子岳署で確認した遺留品の中に、気になる物があるんです。もう一度調べなおして欲しいのですが」

「そうか。それじゃ、すぐに鑑識をそっちに回す」

「いや、こちらから遺留品をそちらに送ります。それと、今回はうちの鑑識班ではなく、科捜研の西副所長に依頼したいのですが」

「科捜研? うちの鑑識では駄目なのか?」

杉本の怪訝そうな声が、スマートホンから耳にこぼれる。

秋山は笑顔のまま、問いに答えた。

「そうです。詳しくは後程、ご説明しますので」

「解った、科捜研に連絡しておく」

「有難うございます。西副所長には、僕からも連絡を入れておきます」

秋山は上司と話し終えると、運転席の五反田に視線を送る。

五反田は、秋山の科捜研という言葉に目を輝かせていた。

「秋山さん、あの科捜研が出てくるんですか?」

「うん、出てくる」

「西副所長って、科捜研では伝説の人ですよね」

「そう、あれを完璧に調べられるのは、科捜研の西喜一郎先輩しかいないだろうからね」


私立聖文女子学園高等学校は、名切方面から烏帽子岳へ登っていく途中、山手町の高台に位置する。

この女子校は大正時代から続く名門校で、比較的裕福な家庭の子供たちが通学していた。

運営するのは、地元の名家と名高い大川内家。

大川内家は、国会議員や県議会議員、市長などの政治家を多く輩出した優秀な一族で、佐世保市の経済界の中でも、強い影響力をもつ。

学校のほかにも、ガソリンスタンドや保険代理店、人気の焼肉店である「キング焼肉」をフランチャイズ化した飲食部門など、幅広く事業を展開していた。

そんな中、手堅い経営をおこなってきた大川内家に、水を差すような大事件が起こる。

烏帽子岳でおこったタクシー失踪事件に、塩田はるか、大林涼子、森吉祐子の三名の女子高生達が、巻き込まれてしまったのだ。

そして一年後、唯一の生還者、森吉祐子の意識が戻ったとの吉報が学校側に入った。

連絡を受けた聖文女子学園では、生徒や保護者はもちろんのこと、学校関係者も総出で喜びを分かち合っていた。

昨日、連絡を受けた理事長の大川内勇一郎は、急遽予定を変更して出張先の東京から、一日早く佐世保市に舞い戻ってきた。

大川内は学校へ到着すると、小田校長、そして失踪した生徒達の学年主任で担任だった柚原慶子の二人を理事長室に呼び出した。

「森吉君の意識が戻ったらしいね」

出張から戻ったばかりの大川内は、どっしりとした重厚な黒い革張りの椅子に腰かけると、喜びの表情をみせた。

理事長室の机の上には、沢山の書類が山積されている。

三日間の出張中に溜まったものだろう。

小田校長は、喜ぶ大川内に労いの言葉をかけた。

「おめでとうございます。これで残り二人の生徒たちの消息も、何か解るかもしれませんよ」

校長の言葉に、大川内も安堵の表情を浮かべる。

柚原慶子はそんな二人の笑顔に水を刺すように、静かな口調で話しかけた。

「警察が来るそうです」

「警察? もう警察には一年前にすべて話しただろう」

大川内は太く凛々しい眉を吊り上げた。

「今回は、長崎県警本部捜査一課の刑事が派遣されたみたいです」

「捜査一課のエリート刑事か」

大川内は大きなため息をつく。

慶子は、人ごとの様に微笑んでいた。

「理事長、我々はこの事件の被害者です。警察に何を聞かれようと、学校側としては何も関与してないのですから、どうしようもありません」

校長は理事長を気遣い、声をかける。

大川内は、大きく頷いた。

理事長室の内線電話のベルが鳴った。

大川内が受話器を取る。

どうやら、警察が到着したようだ。

校長が対応のため、慌ただしく部屋を出て行く。

大川内は、突然何かを思い出した様に、慶子に問いかけた。

「柚原先生、あまりペラペラと警察に話してはいけませんよ」

「まぁ、私が警察に何を話すというのですか?」

「いや、関係のない事をペラペラと喋りすぎて、警察に色々と勘繰られても困るのでね」

「関係のない事・・・例えば、お猿さんの事とか?」

慶子は悪戯っぽく微笑む。

大川内は少し慌てたように、椅子から立ち上がった。

「そういう事は、冗談でも言うもんじゃありません」

睨み付けながら、大川内は声を荒げる。

慶子はにっこり微笑むと、理事長室をあとにした。

 

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