烏帽子岳の孫悟空「第三十六話」

烏帽子岳の孫悟空

捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、PM20時07分

夜は20時を回っていた。
普段なら真っ暗になっているはずの聖文女子学園の校舎の窓から、明かりがもれている。
森吉祐子の失踪の連絡を受けた学園側は、動揺した父兄からの問い合わせ、やマスコミへの対応に追われていた。

理事長室で警察からの報告を待っていた大川内勇一郎は、ひとり重厚なデスクの椅子に腰かけ、森吉祐子の写真を眺めている。
その顔は、にっこり微笑んでいた。

突然、内線電話のベルがなる。
大川内は写真から目をそらすと、慌てて受話器を手に取った。

「理事長、警察の方がおみえになりました。理事長に面会を求めておられますが、如何いたしましょう?」

受話器から、小田校長の困惑した声が聞こえてくる。
大川内は、祐子の写真をデスクの引き出しにしまうと、落ち着いた口調で校長の問いに答えた。

「それは会うしかないな。警察にかけられてる親父の圧力とは、また別の問題になるだろうから・・・こんなことになってしまっては、拒否は出来ないだろう」

「かしこまりました。では、今から理事長室にご案内いたします」

「ちなみに、その相手の刑事は名前は?」

「前回やってきた刑事と同じ人物です。秋山警部補とか言いましたか。ただし、今回はお一人のようです」
「秋山警部補か・・・」

大川内は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、静かに受話器を置いた。

秋山警部補は、小田校長に案内され校舎の通路を歩いてゆく。
静まり返った夜の校舎は、少し肌寒く感じた。
駐車場では、部下の守口巡査部長と五反田刑事が不測の事態に備えて、車の中で待機している。
五反田は、心配そうに守口に声をかけた。

「秋山さん、一人で大丈夫ですかね?」

「何か考えがあるんだろうね。通常のやりかたと違うわけだから。まぁ、秋山さんに任せよう。盗聴器で話の内容は把握できるし、何かあったら突入すれば良いんだから」

守口は、五反田を安心させるように微笑むと、盗聴器のイヤホンに手を伸す。
イヤホンからは、コツコツと通路を歩く秋山の足音が聞こえていた。
秋山は大川内理事長と、さしで対峙すると決断した。
これが最後の面談となるだろう。
向こうは、まさかこの事件の捜査で、刑事が再度接触してくるとは思いもしなかったはずだ。
それくらい、大川内睦郎防衛大臣が警察にかけた圧力は強烈なものだった。
秋山はこの圧力を無効にするために、三村警部の力を借り森吉祐子の神隠しを演出した。
今頃、大川内家は「また、生徒が事件に巻き込まれた」と動揺しているに違いない。
しかも、森吉祐子はただの生徒ではない。
このことは、西東警部が警視庁の人脈を使って、警視庁の公安部を動かし全て調べ上げている。
西東警部がメールで送ってくれた情報は、秋山のこの三日間の捜査をばっちり補足してくれるものだった。
秋山の見立ては、正しかった。
秋山は、この摩訶不思議な事件のパズルのピースを全て埋め込んだ。
後は大川内理事長に、真実を話してもらうだけだ。
秋山はこの事件の解決に、大きな自信を持っていた。
ただし、一つだけ懸念する材料がある。
秋山の直感が「油断するな」と何度も何度も、頭の中で警報を鳴らし続けている。
こんな感覚は、今まで味わったことがない。
なぜだろう?
この短期間のあいだに、とてつもない何かが起こってしまうような気がする。
事が順調に運んでるときにこそ、気を緩ませてはいけない。
落とし穴は、そこら中に散らばっているのだ。
秋山は心の中で、兜の緒をぎゅっと引き締めた。

「また、お邪魔してしまいまして、申し訳ありません。これも仕事なものですから」

理事長室で大川内と相対した秋山は、にっこりと微笑む。
大川内は、ムッとした表情を浮かべながら、秋山の言葉に応えた。

「この様な事態になってしまったんですから、仕方がありませんね。それで現在の状況はどうなってるんでしょうか・・・何か進展がありましたか?」

「まだ、森吉祐子さんの身柄は確保出来ていません。彼女の護衛についていた二人の刑事とも、連絡が取れぬままです」

理事長室が、沈黙に包まれる。
二人はお互いの腹を探る様に、見つめ合っていた。

「長崎県警としては、この事態をどう受け止めておられるんですか? 護衛に失敗しましたでは、済まされませんよね」

大川内は、語尾を強めて秋山に問いかける。
秋山は、大川内の問いを交わすように、話題を変えた。

「この事件は、あまりにも摩訶不思議すぎますね。正直、我々警察の手にも追えない状態です」

「手に負えない?」

大川内の太く凛々しい眉が、への字につりあがる。
秋山は、穏やかに笑みを浮かべながら、話をつづけた。

「そうです。まず三人が乗っていたタクシーが発見されましたが、このタクシーはこの世の出来事とは思えないような潰され方をしていました。次に、柚木地区で保護された唯一の生存者、森吉祐子さんの制服には、千年前の猿の毛が付着していた。この猿の毛は、西海市で起こった事件現場でも発見されています」

「ほう、西海市の事件現場ですか」

秋山は小さく頷きながら、畳み掛けるように話を続けた。

「我々は、この二つの事件は同一犯の犯行とみています。同じ千年前の猿の毛が、二つの事件現場で偶然見つかるなんて、普通に考えてもあり得ませんからね。さらに不可解な事に、森吉祐子が保護された時に手に握りしめていた金の指輪が、烏帽子岳署の保管場所から無くなっていました」

「指輪?」

「この指輪なんですが、ご存知ありませんか?」

秋山は応接用のテーブルの上に、三枚の書類を差し出す。
書類には、聖文女子学園の歴代理事長の写真がプリントされていた。
理事長たちは皆、左手に金の指輪をはめている。
大川内は、まるで嫌な物を目にしたように、写真から視線をそらした。

「私が調べたところ、この指輪は大川内家の歴代の家長たちが身に着けていた物のようですね。これは、形見として先祖代々受け継がれているものなのですか?」

「私は良く存じませんね」

「そんなはずはないでしょう。皆さん、同じ形の指輪を身に着けていらっしゃるじゃないですか。もしかして、この指輪も大川内家がひた隠しにしている、美猴憑きに関係しているんじゃないですかね」

秋山の優しそうな目が、一気に鋭くなる。
大川内は、無言のまま秋山を睨みつけた。
二人の間に重苦しい空気が流れこんでいく。
大川内は、何かを思案するように目を泳がせた。
理事長室に飾られた歴代の理事長たちの写真が、じっと秋山を睨みつけている。
秋山は、沈黙を打ち破るように、大川内に話しかけた。

「理事長、我々と取引しませんか」

「取引?」

「そうです、取引です。貴方がたは、公の場に出したくないことを我々に正直に話して頂き、捜査にご協力頂く。我々は、その情報を元に事件を解決する。その見返りに・・・」

「その見返りに?」

「我々は、大川内家がらみの情報は、一切公の場に出さない。大川内家の人間から、逮捕者も出さない。事件は解決するが、事件自体はをうやむやにしてしまう。という事です」

秋山は、にっこり微笑む。
大川内は苦笑いを浮かべながら、秋山の目を見据えた。

「それは、長崎県警の上層部の総意なんですか?」

「いえ、私個人からのご提案です。我々、長崎県警は貴方のお父様である大川内防衛大臣から、強い圧力を受けています。私の相棒の西東警部は、警視総監からの直々の命令で捜査から外されました。長崎県警の上層部は圧力に屈して、この事件を未解決のまま終わらせようと動いていたんです。しかしですね、この事件の唯一の生存者、森吉祐子さんまで失踪してしまった。捜査一課の刑事二名の消息も未だ不明です。このまま、この事件を解決せず幕引きにする訳にはいかないでしょう」

秋山の穏やかな表情から、笑顔が消える。
大川内は、大きなため息をついた。

「確かに、事がどんどん大きくなっていく。このまま大川内家がだんまりを決め込むのも、限界があるということか・・・」

「これ以上被害が大きくなる前に、この事件の黒幕の足を止めなければなりません。このままでは、大川内家も大きなダメージ受けることになりかねませんよ」

秋山の言葉に、大川内の顔色が変わる。
大川内は、観念したように口を開いた。

「秋山警部補、貴方を信用して大丈夫なんでしょうね?」

「私は大川内家が抱えている秘密や、政治的な駆け引きにも全く興味がありません。ただ警察官として、失踪した三人の生徒やタクシーの運転手、さらに消えた二人の刑事を救いたいだけなんです。これが私の本心です。おそらく、この事件はレベル6以上・・・機密事項が適用される特殊案件に認定されるでしょう。我々は法の下、絶対に外部の人間にこの事件の捜査内容を漏らせなくなる。事件のファイルは、警察内部でもごく少数の人間しか目を通せなくなります。大川内家の人間から、絶対に逮捕者は出しません。私を信じてください」

「本当に約束を守ってくれるんですね」

「もちろんです。必ずお守りします」

秋山の誠実な態度に、大川内は納得するように頷いた。

「解りました。貴方を信じましょう」

「有難うございます」

秋山は深々と頭を下げる。
大川内は、深いため息をきながら、テーブルに出されていた湯呑に手を伸ばした。
湯呑に注がれていたお茶には、一本の茶柱が立っていた。



聖文女子学園の駐車場で待機していた守口と五反田は、盗聴器のイヤホンから流れてくる秋山と大川内の会話に、じっと耳を傾けている。
五反田は、大好物のマーブルチョコレートをパクパクと口に運びながら、守口に話しかけた。


「秋山さん、理事長を相手に取引きを成立させちゃいましたよ。これって、上から許可貰ってるんですかね?」

「いや、許可は取ってないだろうね。だいたい、森吉祐子が消えてしまったのも、秋山さんの自作自演っぽいし・・・。秋山さん、無茶してるなぁ。失敗したら杉本課長からこっぴどく怒られるぞ」

「えっ、森吉祐子さんの失踪は、秋山さんの仕掛けなんですか? 三村警部と小島警部補も一緒に消えちゃってるんですよ」

「三村警部も多分グルだな。きっと秋山さんに巻き込まれたんだよ。みんな秋山さんの一芝居に一杯食わされたんだ。気が付いてるのは、僕と杉本課長くらいだろうね。相手を欺くには、まずは味方からって、ことわざがあるでしょう。あれ・・・これって、ことわざだったっけ?」

守口は、自分の軽口に自分でツッコミを入れる。
五反田は妙に納得したように、大きく頷いた。

「そういうことですか。それで、守口さんは妙に落ち着いてたんですね。私、三村警部たちも一緒に行方不明になっちゃったんで、本当に神隠しにあったんじゃないかって、めっちゃ心配してたんですよ」

「秋山さんとは、四年もコンビ組んでたからね。あの人がやりそうなことは、大体わかるよ。しかし、大胆なことを仕掛けたなぁ。秋山さんって、怒らせると本当におっかないから」

「えっ!秋山さん、怒ってるんですか?」

「あれは完全に怒ってるね。相手が圧力をかけてきたでしょう。ああいうの、あの人大嫌いだから。あれ? 声が聞こえない? ん?」

守口は、慌ててイヤホンを耳につけ直す。
五反田と守口は顔を見合わせた。

「守口さん、これ盗聴器が切れてますよね」

「やばい、何か異変が起こったみたいだ。五反田ちゃん、突入するぞ!」

守口は慌てて、車から飛び出す。
二人は全速力で、校舎に向かって走り出した。
暗闇の中、ひんやりとした夜風が守口の頬をすり抜けていく。
静まり返った学園の敷地内に、二人の走る靴音が響き渡った
重たいガラス扉を開け、守口が校舎の中に駆けこんでいく。
足の遅い五反田は、必死に守口の後を追いかけた。
守口は、長い廊下を走り抜け職員室の前を通過する。
通路を左に曲がると、理事長室と書かれたプレートが目に入った。
五反田も遅れて後に続く。
五反田の視界に、理事長室の前で腰から拳銃を抜く守口の姿が飛び込んできた。
守口は五反田の方へ顔を向けると、鋭い目つきで合図を送る。
五反田は慌てて拳銃を取り出すと、理事長室のドア横の壁に背を預けた。
守口はドアに向かって銃を構えた。
五反田は守口の目を見つめたまま、そっとドアノブに手を添える。
守口は、かすかに聞こえるような小さな声で、ゆっくりと数を数えた。

「一、二・・・三!」

守口の合図とともに、五反田は勢いよくドアを開く。
守口は声を上げて、理事長室に飛び込んだ。
大川内は、ソファに腰かけたまま慌てて両手を上げる。
凍り付いた大川内の表情に驚いた秋山は、慌てて後ろに振り向いた。

「守口君、何やってるの?」

秋山は、拳銃を構えていた守口の姿に目を丸くする。
守口はバツが悪そうに、拳銃を下におろした。

「あっ、いや・・・。その・・・秋山さん、大丈夫ですか?」

遅れて入ってきた五反田も、顔を真っ赤にしながら固まっている。
秋山は、呆れたように顔をしかめながら、大川内に声をかけた。

「理事長、すみません。うちの部下たちが早とちりでやらかしてしまいました。どうか、ここは私に免じてお許しください」

秋山は、深々と頭を下げる。
大川内は呆気にとられながらも、小さく頷いた。

「では、これで取引は成立という事で。貴重な情報を有難うございました」

秋山は、にっこり微笑んで右手をさし出す。
大川内は困惑した表情のまま、秋山の握手に応じた。
三人は、聖文女子学園を出発し、烏帽子岳署に向けて車を走らせる。
不機嫌そうに後部座席に座っていた秋山に、助手席から守口が声をかけた。

「先ほどは、失礼しました」

「一体、何があったんだ?」

「いや、盗聴器の音声が突然、途切れてしまったので。緊急事態が発生したのかと・・・」

「えっ、盗聴器の音が聞こえなくなったの?」

秋山は、慌てて盗聴器のレシーバーを内ポケットから取り出す。
レシーバーの赤いランプが消えていた。

「五反田ちゃん、これ・・・ちゃんと電池交換したの?」

「えっ、佐世保署から借りてきた状態のままです」
運転中の五反田が、慌てて問いに答える。
秋山は、大きなため息をついた。

「五反田ちゃん、盗聴器の電池は必ず新品に交換しなさい。多分これ、電池が途中で切れたんだよ」

「えっ、そうなんですか?・・・申し訳ありません」

五反田は申し訳なさそうに、肩を落とす。
守口は思わず、あちゃ~と声を上げた。
三人を乗せた白いマツダアテンザは、重厚なエンジン音を響かせながら、暗い山道を山頂に向かって走り抜けていく。
三人の視界に、烏帽子岳署の明かりが近づいてきた。

「烏帽子岳署に戻ったら、大島署長と話をしなきゃいけないな」

秋山は、独り言のように呟いた。
守口と五反田は、無言のまま静かに頷く。
息苦しい沈黙が、薄暗い車内を包み込んでいた。

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