烏帽子岳の孫悟空「第三十四話」

烏帽子岳の孫悟空

捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、PM17時20分

突然、烏帽子岳署の会議室に、受付の川頭杏里が入ってきた。

会議中だった秋山警部補と守口巡査部長は、驚いて話を中断する。

ドーナツをつまみながら日報を書いていた五反田は、ビクっと肩を震わせながら顔を上げた。

おっとりした川頭が、珍しく慌てている。

川頭は秋山の顔を見るなり、大きな目を丸くしながら早口に報告を始めた。

「秋山さん、大変ですぅ。たった今、南佐世保総合病院で護衛中の内海巡査から連絡が入りましたぁ。入院中の森吉祐子さんが、病室から消えてしまったそうですぅ」

「病室から消えた? 杏ちゃん、それ本当なの?」

秋山は驚きながら問い返す。

川頭は顔を曇らせながら、大きく頷いた。

「はい、本当なんですよ。今、大島署長に電話を替わってもらって、詳細を確認してもらってますぅ」

秋山は、守口と顔を見合わせる。

五反田は驚きのあまり、ドーナツにかぶりついたまま固まってしまった。

秋山はとっさに腕時計に目を通す。時間は夕方の17時を過ぎている。

その瞬間、大島所長が顔に大汗をかきながら会議室に駆け込んできた。

詳しい詳細を聞こうと、秋山が大島に声をかける。

大島はうろたえながら、秋山に詰め寄った。

「秋山警部補、話が違いますよ。彼女の護衛には、優秀な刑事を担当させるって、仰ってたじゃないですか」

「もちろんその通りです。捜査一課の刑事二名が、ちゃんと彼女に張り付いていた筈です」

秋山は怪訝そうに質問に答える。

守口と五反田は、静かに二人のやり取りを見守っていた。

「では、なぜ彼女は姿を消してしまったんですか? 病院のどこを探しても、見当たらないんですよ。しかも、内海巡査の報告では、一緒に護衛についていたはずの、三村警部と大島警部補の姿も見当たらないんです」

大島は焦ったように声を荒げる。

秋山は大島を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で語りかけた。

「彼女の護衛に付いていた二人は、とても優秀な刑事達です。この事件は、摩訶不思議過ぎて、僕にも何が起こってるのかさっぱり解りません」

肩を落とす大島の姿を横目に、秋山は守口と五反田に指示を出す。

スマートフォンを取り出した守口と五反田は、慌てて一斉に電話をかけはじめた。

その間、秋山は、じっと大島の顔を見つめていた。

「駄目です。三村警部の携帯電話は圏外ですね。連絡が取れません」

守口が首を横に振りながら、秋山に声をかける。

守口の問いかけに頷いた秋山は、五反田に声をかけた。

「五反田ちゃん、小島さんはどう?」

「こっちも駄目です。小島警部補も圏外で繋がりません」

秋山は、思わず舌打ちを打つ。

大島は動揺を隠せず、目を泳がせていた。

「大島署長。残念ながら、二人とも連絡が付きません」

秋山は、うろたえる大島を睨みつける。

大島は、絶望に打ち負かされるように天を仰いだ。




夕方、三村警部と小島警部補は五島列島に浮かぶ宇久島を目指して、フェリーなるしおに乗船していた。

護衛中の女子高生、森吉祐子も一緒にフェリーに乗り込んでいる。

船のデッキから見える景色は、夕焼けでオレンジ色に染まった空と、穏やかな海が広がっていた。

今日は、ハードな一日だった。

出張先の博多からそのまま佐世保まで移動し、夕方からは森吉祐子を護衛しながらフェリーで宇久島へ・・・。

移動が続くスケジュールに、流石の三村の顔にも少し疲れの色がみられる。

タフガイが売りだった三村も今年で四十六歳となり、少しずつだが体力の衰えを感じていた。

「今回ばかりは、マジで秋卓を恨みますよ」

朝から移動ばかりの小島は、船上から海を眺めながら、恨めしそうに煙草に火をつけた。

「まぁこれも仕事ですからね、仕方ないですよ」

三村は部下をなだめる様にぼやきながら、じっと海を眺めている祐子の後姿に視線を移す。

病院のガウンの上から茶色のダッフルコートを羽織った祐子は、潮風に黒い髪をなびかせていた。

一瞬の出来事だった。

一緒に護衛を担当していた、烏帽子岳署の内海巡査がトイレに行くと席を外した直後だ。

祐子が三村にささやいた。

「私を宇久島へ連れて行って下さい」

その瞬間、三村は時計に視線を向けると、瞬時に行動に出る。

部下の小島に素早く指示を出すと、瞬く間に祐子を連れて非常階段を駆け下り、病院から飛び出した。

一瞬にして病室はもぬけの殻だ。

三村は走りながら、もう一度、腕時計を確認する。

時刻は16時46分。

17時10分発の宇久島行きのフェリーには、ギリギリ合う。

三人は、病院の外に停まっていたタクシーに乗車すると、大急ぎで佐世保港を目指した。

三村の脳裏に、秋山の人懐っこい顔が浮かんだ。

彼は別れ際に、祐子の護衛に対してある相談を持ちかけた。

森吉祐子を、病院から連れ出して欲しい。

匿う場所は宇久島。

その際、警察内部も含めて世間に彼女が失踪したと思わせたいので、とにかく内密に事を進めて欲しい・・・と。

要は、森吉祐子が神隠しにあったように、一芝居打てというのだ。

一体、彼は何を企んでいるのだろう。

そんなことに、賛同できるわけがない。

三村は一瞬、困惑した表情を浮かべた。

しかし、秋山が面談時に祐子から手渡されたという手紙を、こっそり見せてもらい考えが変わった。

なるほど、そういう事か。

そういう事なら、協力せざる得ない。

納得した三村は、秋山の一芝居に協力することにした。

失敗すれば責任問題に発展するが、祐子が手渡した手紙の内容が本当なら、そんなことを言っていられない。

どうやら、守口が撮影したという雲の上に乗った猿の写真を見せられた瞬間から、何かが狂ってしまったようだ。

沈着冷静で、面倒くさがりの自分の行動とは、とても思えない。

こんな馬鹿げた話は、到底信じられないのだが・・・。

しかし、今回は秋山の直感に賭けてみようと、最初から決めていた。

小島君を巻き込んでしまうのは申し訳ないが、腹をくくったのだから仕方がない。

三村は秋山との約束を、きっちり守った。

「三村警部、本当に大丈夫なんですか? あの子を黙ってこんな所まで連れてきて・・・。病院も捜査本部も今ごろ大混乱でしょう」

小島が、不安そうな表情を浮かべながら、話かけてくる。

三村は、めんどくさそうに口を開いた。

「あの子を病院から無事に逃がす為に、僕らは呼ばれたんでしょ。ここまで来たら、もう後戻りは出来ませんからね。後は秋山君に大暴れして貰って、ちゃんと責任を取ってもらいましょう」

三村は微笑みながら、海の景色に視線を戻す。

小島は苦笑いを浮かべながら、タバコを海に投げ捨てた。

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