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捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、PM16時17分
佐世保市防災危機管理局の豊川拓郎課長は、出張先の宇久島での緊急会議を終えると、会場となっていた宇久行政センターを出て、宿泊先の湊旅館に向かっていた。
宇久島の空には、雲一つない真っ青な景色が一面に広がっている。
二匹のカモメが、気持ちよさそうに空を飛びまわっていた。
行政センターから宿泊先の旅館までは徒歩二分。
どちらの施設も、宇久島の港からは徒歩五分圏内に位置する。
移動するには、非常に便利が良かった。
夕方の食事の時間まで、まだ時間がある。
旅館でチェックインを済ませた豊川は、荷物をフロントに預けると、部屋にも入らず散歩がてら港の海面を覗きに行くことにした。
宇久島の港は、正式名称を平港という。
この名前は、源平の戦いで敗れた平家盛が、都落ちした場所なのでつけられた名前だと聞く。
この島には、平家の伝説がたくさん残っていた。
だからこそ・・・今回、宇久島の海面が急激に上昇している摩訶不思議な現象も「平清盛の呪いではないか」と疑ってしまう。
こんな話、都市伝説並みの馬鹿げた空想論理に過ぎないのだが・・・。
でも、こうなったら、平家の呪いでも何でもよい。
このまま空想の世界に逃げてしまいたい。
豊川は、旅館から平港までの一本道をひとり歩きながら、そんな弱気になる気持ちをグッと堪えていた。
宇久行政センターで行われた宇久島の緊急会議は、三時間に及んだ。
このままでは、島全体が海に飲み込まれてしまう。
今朝、全国放送の報道番組でも大きく取り上げられたことで、島民たちの動揺はさらに大きくなってしまった。
会議には、市長の代理として宇久島入りした豊川をはじめ、市議会議員や町役場の職員、西消防署宇久出張所の職員、島の消防団のメンバー、民生委員、民間からも町内会長や、島の長老と呼ばれる人たちが集まり、色々な議論を交わしたが、話は平行線をたどるばかり。
解決の糸口は、一向に掴めなかった。
豊川は「最終的には、島民に島を捨てさせるしか手がない」と思っているが、取り合えずそのことについては、触れずに会議を終えた。
港に着いた豊川は、細長いフェリーターミナルの敷地内をぐるっと一回りしながら、海面の状態を確認する。
海の水は、港から数センチのところまで上昇していた。
大きな波が押し寄せれば、あっという間に豊川の足元を飲み込んでしまうレベルだ。
やはり明日の会議では、島を捨てて避難するという話を、持ち出さない訳にはいかないだろう。
島民の生活をぶち壊してしまうが、命にはかえられない。
豊川は現実から逃げるように、港の敷地内から外に出た。
「あれ、こんなところに祠があったかな?」
港から出ると、すぐ先に広い駐車場のスペースがある。
その入り口に、小さな祠があることに気が付いた。
出張で宇久島には何度も訪れているが、こんな場所に祠が建てられていたなんて、今まで気が付かなかった。
駐車場の敷地は、大きな木で囲まれてているが、石作りの祠はその大きな大木に寄り添うように設置されている。
豊川は、少し足早に祠に向かって歩き出した。
祠は思いの外、綺麗に保たれていた。
島民たちが、交代でお世話しているのだろう。
祠の周りには、ゴミひとつ落ちていなかった。
祠の扉は閉じられており、何が祀ってあるのかは解らない。
港の近くに祀られているので海の神様かとも思ったが、何故かそんな気がしない。
豊川は首を傾げながらも、祠に向けて二礼して二回柏を打った。
旅館に戻った豊川は、女将から預けていた荷物受け取る。
豊川は、人懐こそうな笑顔を浮かべながら女将に話かけた。
「ちょっとつかぬ事をお聞きしますが、平港の手前にある大きな駐車場のところに、祠が設置されてますよね。あの祠には、何の神様が祀られているんですかね?」
白髪混じりの銀髪をオールバックに固めた豊川の顔は、まだ四十代前半の割に少し老けて見える。
どっしりとした恰幅の良い体系は、相手に親しみと安心感を与える柔らかな雰囲気を醸し出していた。
じっと何かを探るように豊川の顔を見つめていた年配の女将は、ふくよかな首の皮膚をたるませながら、ニッコリ微笑んだ。
「お客さん、よくあの祠に気が付きましたねぇ。不思議と旅の方たちは、あの祠に気が付かれないんですよ」
「そうなんですね。いや、私も出張で何度もこちらにお世話になってるんですが、初めて気づきました」
「そうなんですね。あの祠にはね、顕聖二郎真君様が祀られているんですよ」
「顕聖二郎真君?」
豊川は聞きなれない神様の名前に、困惑な表情を浮かべる。
女将は太った大きなお腹を撫でながら、笑顔を絶やさず話を続けた。
「あら、知りません?西遊記に出てくる神様ですよ。天界で暴れる孫悟空を捕まえた神様です」
「あっ、そうなんですか。と、言うことは戦の神様なんですね」
「さぁ、私は詳しくは知りませんが、子供の頃から二郎神様といって島民に親しまれてますよ」
「しかし、なぜ旅人たちは、あの祠を見落としてしまうんですかね?不思議だなぁ」
豊川は不思議そうに小さな目をパチクリさせる。
女将も、顔を曇らせながら首を横に振った。
「どうして何でしょうねぇ。でも、お客さんがあの祠に気が付かれたということは、この島から貴方の存在を認められたという事じゃないでしょうか」
「島から認められた?」
「そうですよ。だってお客さん、私たち島民を助ける為にお越しになったんでしょう。島の緊急会議に、わざわざ佐世保から駆けつけてくださったんだから」
「島の方にそう言って頂けると、本当に救われますよ。有難うございいます」
豊島は嬉しそうに深々と頭を下げると、荷物片手に二階の部屋に上がっていった。
こりゃ、ますます島民に島を捨てろなんて言えなくなってしまったな。
豊川は、深いため息をつきながら、部屋の扉を開けた。
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