烏帽子岳の孫悟空「第三話」

烏帽子岳の孫悟空
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烏帽子岳の孫悟空|第三話

捜査一日目
平成二十九年九月二十日、AM11:29

大島署長との打ち合わせを終えた秋山警部補と五反田刑事は、事件の資料と遺留品に軽く目を通すと、佐世保烏帽子岳署を出発した。

まずは、一年前に森吉祐子が保護された、柚木地区の観音菩薩の祠に向かう。

案内役には、大島署長のほかに山内耕平という新人の若い巡査が運転手として同行した。

この山内もそうだが、受付で対応してくれた女性職員の川頭杏里といい、佐世保烏帽子岳署に配属された職員たちは、皆、若い。

山内にいたっては、警察学校を卒業したての十九歳とのことだった。

希望に燃えた若者らしい純粋な目が、秋山の心を刺激する。

大島署長に負けず劣らず、山内も身長が160センチあるかないかと低身長なのも印象的だった。

山内巡査の運転する警察車両の軽自動車のジープは、細い曲がりくねった山道を下へ下へとどんどん突き進んでいく。

後部座席に陣取った秋山の視界には、のどかな畑や田んぼの風景が永遠と続いていた。

どれくらい下まで降りてきたのだろう。

秋山は腕時計の針に視線を移す。

時間は、出発して、ちょうど二十分ほど経過していた。

後ろを振り向くと、ジープの背中越しから、烏帽子岳の姿が見える。

その姿は、まるで移動中の我々を、静かに監視しているように見えた。

五反田は曲がりくねった道で車酔いしたのか、顔が青白くなっている。

「秋山警備補、あそこです」

助手席に座っていた大島が、突然指をさした。

秋山は前のめりに顔を突き出す。

前方に、小さな祠が見えた。

祠の先には、車が一台駐車できる狭いスペースがある。

山内は慎重にジープを祠の先に駐車すると、サイドブレーキをしっかりと引き上げた。


「ここに、森吉祐子は意識を失ったまま、倒れていました」

ジープから降りた大島は、足早に秋山と五反田を祠へと案内した。

秋山は祠の前に立つ。

観音菩薩の祀られた祠は、想像以上に立派なものだった。

コンクリートの基礎の上に、見栄えの良い檜作りの外宮が設置されている。

宮大工が、心を込めて丁寧に作り上げたに違いない。

手前にはローソクが一本と、大きな白い香炉が一つ。線香は箱ながら置かれている。

両脇の花瓶には、元気な野花が生けられていた。

きっと地域の住民たちが、日々お世話をしているのだろう。

祠の周りも、しっかり綺麗に清掃されていた。

秋山は、そっと祠の中を覗き込んだ。

祠の中に、石作りの優しい表情をした観音菩薩像が祀られていた。

観音さまと目が合う。

きゅっと心が締め付けられる。

半眼にした菩薩の慈悲の瞳に、秋山は釘付けになってしまった。

こんな穏やかな表情をした観音菩薩の仏像に、初めて出会った。

秋山の顔に、笑みが広がる。

なぜかこの祠の周りだけ、空気が凛と澄切っているような気がする。

この場所は守られているんだ。

いつの間にか、観音菩薩の発する結界の中に入りこんだような、そんな気がした。

秋山は、ポケットからライターを取り出すと、ロウソクに火をともす。

線香に火をつけると、静かに手を合わせた。

五反田も慌てて、後ろから合掌のポーズを取る。

大島と山内も、秋山につられる様に手を合わせていた。

「森吉祐子は、この祠の前で、どのようにして倒れていたんですか?」

秋山は大島に問いかける。

大島は秋山の問いに頷くと、山内に声をかけた。

指示を受けた山内は、祠に寄りかかるように、足を前へ投げ出して地面に座り込んだ。

「こんな感じです。高校の制服を着たまま、眠るように倒れていました」

山内のハキハキした元気な声に、秋山は思わず笑顔を見せる。

若い巡査は、照れくさそうに頭をかいた。

「なぜ、観音菩薩の祠の前だったんだろう」

秋山は倒れている山内の姿を見つめながら、ポツリとつぶやいた。

「えっ、そこですか?」

五反田は、驚いたように秋山に声に反応する。

秋山は、にっこり微笑んだ。

「何者かから追われていて、ここまで逃げてきたって感じはしないんだよなぁ。それよりも意識を失った彼女を、誰かがここまで運んできた。その方がしっくりくるような気がする」

「なるほど」

大島は、感心したように大きく頷く。

五反田はまじめな表情で、秋山に疑問を投げかけた。

「でも、それだと、彼女をここまで運んできた人物が、犯人だったのか? それとも彼女を助けた人間だったのか? で、話は大きく変わってきますよね」

「う~ん。それは別にどっちでも良いんだよ。なぜ、この場所だったのか?・・・そこが重要な気がする。どちらにしても、信仰に厚い人物が絡んでる可能
性が高いね」

 

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