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平成二十九年九月五日、AM9:03
「動物園の猿が一斉に消えてしまったって、いったいどういう事なんですかね」
長崎県警本部捜査一課の西東翔太郎警部は、西海市にある長崎サファリパークの園内を歩きながら首をかしげる。
相棒の秋山卓也警部補は、額の汗をハンカチでぬぐいながら、エリートで七歳年下の上司と目を合わせた。
九月に入ったが、残暑の名残は消える気配がない。
まだ午前中だというのに、気温は三十度を軽く超えていた。
「三十匹の猿がいっぺんに消えたんですからね。全く見当もつきませんよ」
秋山はお手上げとばかりに、両手を広げる。
「しかも夕方の十八時過ぎでしょう。まだ明るいですよね」
西東は顔をしかめた。
秋山は、園内の入り口で手にいれたパンフレットに視線を向けた。
「西東警部。ここの動物園、十七時で閉館ですよ」
「それじゃあ、まだ職員は残ってる時間帯だったってことですよね」
「仮に密輸業者の犯行として、そんな時間にわざわざ猿を盗みに入りますか?。普通は人が誰もいない深夜の時間帯を狙うでしょう」
秋山は、パンフレットを折り曲げながらポケットにしまった。
「まぁ、一つひとつ確認していくしかないですね。まずは、園内に設置されている防犯カメラから確認させていただきましょう」
「そうですね、その映像に犯人が映ってるかもしれません」
「そうだと良いんですけど・・・」
秋山の表情が一瞬だけ曇った。
「なにか、ありましたか?」
西東は、心配そうに問いかける。
「いや、この事件・・・さっきから、なんか嫌な予感がするんですよね」
「マジですか。どうヤバいんですか?」
「まぁ、あくまでも直感ですから」
「秋山さんの直感は不思議と当たるって、みんなが言ってましたよ」
「警部は摩訶不思議な世界は、あまり信じないタイプでしょう」
「えぇ、まぁ。でも・・・」
返答に困っている上司を前に、秋山はにこやかに微笑む。
「とりあえず防犯カメラの映像を、チェックさせて頂きましょう」
秋山の言葉に、西東は小さく頷いた。
動物園の監視員室には、九台のテレビが設置されていた。
テレビはクロスワードパズルの様に、縦三列、横三列に積み重ねてある。
広さは八畳ほどの狭い部屋で、テレビの前に事務机が二つ。
室内は外の残暑を忘れさせるくらいクーラーでキンキンに冷やされており、二十四時間体制のもと二名の監視員が配置されていた。
監視員が秋山の指示で、猿が消えた九月四日の夕方十八時三十六分の映像に切り替えた。
秋山と西東は、指定された右上のテレビに目を向ける。
真っ暗だったテレビ画面に、突然映像が映し出された。
画面には猿の檻の中が映し出されている。
猿たちは皆、自由気ままに動き回っていた。
毛づくろいをする猿。
木の上で寝ている猿。
水を飲んでいる猿もいる。
当たり前だが、猿ばかりだ。
「ここからです」
監視員が緊張した面持ちで声をかけた。
秋山の優しそうな目が、一瞬鋭くなる。
西東は少し身を乗り出した。
画面は相変わらず、猿の軍団を映し出している。
「あっ、そんな馬鹿な!」
突然、西東が声を張り上げた。
秋山はじっと腕を組んだまま、テレビを睨みつけている。
二人はその映像を目にしたとたん、一瞬にして言葉を失ってしまった。
本当に、そんな馬鹿な・・・話である。
秋山は、心の中で西東の言葉に同調した。
やっぱり、嫌な予感が当たってしまった。
捜査の指揮を執る、西頭警部には気の毒な話だが・・・この事件、かなりヤバいんじゃないか。
秋山は、静まり返った室内の中で、小さな舌打ちを打つ。
なんて上に報告すればよいのだろう。
猿たちが一匹残らず、一瞬にして消えてしまった。
つづく。
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