烏帽子岳の孫悟空「第三十八話」

烏帽子岳の孫悟空

捜査四日目
平成二十九年九月二十三日、AM7時20分

秋山警部補は、大島署長から「明日の朝、柚原慶子と封印の祠の前で落ち合う約束をしている」との情報を得る。
場所は、烏帽子岳の猿岩の先に広がる森の中。
森の奥深くに、孫悟空を封印している祠があるという。
その場所で、秋山は柚原慶子と対峙した。
秋山に追い詰められた慶子は、手にしていた金の指輪に吸い込まれ、一瞬にして姿を消してしまう。
その直後、地面が割れるように大きく揺れだした。
三人の刑事は、大きな揺れに耐えきれず、地面に倒れ込む。
その瞬間、この世のすべての音をかき消すような、物凄い爆音が響きわたった。
爆音と共に烏帽子岳の地面の底から、さらに大きな振動が沸き上がる。
あまりの揺れの大きさに耐え切れず、巨大な猿岩の表面に次々と亀裂が入っていく。
猿岩の表面が、ボロボロと崩れだした。

「五反田ちゃん、大丈夫か?」

秋山は目の前に倒れていた、部下の五反田刑事に声をかける。
五反田は倒れたまま、上を見上げて口をパクパクさせていた。
どうやら声が出ないようだ。
何をそんなに驚いているんだ?
秋山は慌てて五反田の視線の先を追う。

「あれは・・・」

秋山自身も、一瞬にして言葉を失ってしまった。
表面の岩が剥がれ落ちた猿岩は、秋山が今までに目にした事がないような、有り得ない姿に変わり果てていた。
秋山の視線の先には、この世の物とは思えない程の大きい熊の様な猿が、森の木をなぎ倒す様にそびえ立っていたのだ。
体長四十メートル以上あるだろう。
秋山はこんな大きな生き物を今まで見たことが無い。
焦げ茶色の毛並みは、朝日を浴びた部分だけ美しく金色に輝いていた。

「あ、あ、あれ何ですか。キングコングですか?」

口をパクパクさせていた五反田が、やっとの思いで声を振り絞る。
秋山は五反田の問いかけに反応して、ハッと我に返るとすぐに立ち上がった。

「いや、キングコングじゃない。あれが噂の孫悟空だろ。ついに孫悟空を封印していた結界が破られたんだ」

秋山は、突然現れた巨大な猿に背を向けると、腰を抜かし動けなくなっている五反田の首根っこを掴んだ。

「おい、しっかりしろ。ちゃんと起きれるか? ここから脱出するぞ」

秋山の問いに、五反田は必死に立ち上がる。
五反田はキョロキョロと周りを見渡しながら、一緒にいたはずの守口の姿を探しだした。

「あっ、守口さん!」

五反田は、慌てて声をかける。
あまりの大きな揺れに耐え切れず、守口は祠の前まで転がり込んでいた。

「秋山さん、あんなの反則ですよ。あれは、大きすぎますって」

守口が文句を言いながら、秋山達の方へ駆け寄ってくる。
三人は、一目散に森の出入り口に向かって走りだした。
動物たちも、秋山たちを追うように、森から一斉に逃げだして行く。
その瞬間、森の中にとてつもなく大きな野獣の雄叫びが響き渡った。

巨大な猿が動きだした。
身体中を覆っていた岩が剥がれ落ち、自由の身となった孫悟空は、地面を噛みしめるようにゆっくりと足を一歩踏み出す。
全長四十メールの怪物の重みに耐えきれず、大地が悲鳴をあげるように、大きな地響きを撒き散らした。
巨大な猿は何かを探すように、キョロキョロと顔を動かしながら周囲を見渡している。
烏帽子岳の8合目付近から佐世保市内を見下ろすと、海に向かって大きな雄叫びをあげた。
命からがら逃げだした秋山たちは、森の外で待機していた山内巡査のジープに乗り込む。
秋山は、車内から巨大な猿の姿を追った。
猿の化け物は、烏帽子岳の森林を踏み潰しながら、下界に向かってゆっくりと歩き出した。
どうやら、小佐世保町の方向に向かって南下し始めたようだ。
秋山は運転席の山内に、巨大な猿とは逆方向の、佐世保烏帽子岳署に向かって車を走らせるように指示を出した。
山内のハンドルを握る手が、恐怖で震えている。
助手席に座っていた秋山は、山内を気遣うように声をかけた。

「山内君、何も焦らなくて良い。いつも通り冷静に行動するんだ。山頂まで逃げれば、問題ない。地響きが酷いから、運転は慎重に」

「解りました。任せて下さい」

山内は声を震わせながら、秋山の問いに答える。
後部座席に座っていた守口と五反田は、地震のような揺れの中で何度も体が跳ね上がり悪戦苦闘していた。
突然、五反田が思い出したように、隣に座っていた守口に確認を取った。

「守口さん、柚原先生って結局どうなっちゃったんですかね? 金の指輪に吸い込まれたって事で良いんですか?」

「多分そういう事になるよね。行方不明の女子高生たちも、同じようにあの指輪に吸い込まれちゃたんだろうな。いや、五反田ちゃん。突然どうしたの?」

守口は、跳ね馬のごとく揺れまくる車の中で、手すりにしがみつきながら不思議そうに問いかける。
五反田は、当たり前のように守口の問いに答えた。

「いや、報告書に何て書けば良いのかなと思って」

「えっ、この状況で報告書の心配してるの?」

守口は驚きながら、呆れたようにため息をつく。
秋山は、二人の会話に耳を傾けながら、夢の中で観音菩薩から授かったヒントを思い出していた。
もし指輪を見つけても、絶対に指にはめてはいけない。
秋山は、観音菩薩からこのような忠告を受けていた。
多分、自分もこの指輪をはめようとしたら、その瞬間に吸い込まれてしまうだろう。
吸い込まれた人たちは、みんな無事なのだろうか・・・。
あの指輪の中は、いったいどうなっているのだろう?
もしかしたら、何処かに囲われているのかもしれない。
指輪の中に吸い込まれて、失踪者の安否を確認してみたいが、こちらの世界に帰ってこられなくなる可能性が高い。
だから、観音菩薩は指輪をはめるなと忠告したのだ。
観音菩薩の言う通り、金の指輪は手に入れた。
ここから、どうすれば良いのか?
秋山はスーツのポケットに手を伸ばす。
秋山は思わず、金の指輪をギュッと握りしめた。
猿の巨体が動く度に、大地震のような地響きが、佐世保市の街を襲った。
朝の七時半を過ぎ、市内の道路は通勤ラッシュの車で立ち往生していた。
波ように連続で押し寄せる大きな揺れに、ドライバーたちは異変を感じ取る。
烏帽子岳に巨大な猿の姿を確認した人々は、慌てて車を乗り捨て逃げ始めた。
国道35号線の片道三車線の道路には、乗り捨てられた車と、そのせいで前に進めぬ車が混合し長い列をなしている。
路上では、クラクションを鳴らす音が響き渡っていた。
歩行者たちは大きな揺れに足を取られ、倒れこむ者が続出していた。
人々は、巨大な猿を興味津々に見上げながら、危険から逃れようと思い思いに逃げ回る。
佐世保の街は、一気に大混乱の渦に飲み込まれた。
巨大な猿は、小佐世保町を通過し、平地の高天町に足を踏み入れる。
小佐世保町の街並みは、粉々に踏み壊され瓦礫の山と化していた。
巨大な猿は、自由気ままに道沿いのマンションやビルを次々となぎ倒していく。
猿の化け物が前へ進むたびに、家々の瓦屋根が振動で波のように揺れ動いていた。

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片や1980年代、高度成長著しいバブル絶頂の大分市。中学二年生の卓也は、仲間たちに囲まれ、楽しい学校生活を過ごしていた。そんなある日、彼は幼馴染の部屋で衝撃的な場面を覗き見ることになる。
二つの物語が重なり合う時、この物語は驚愕のラストを迎える。

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