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捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、PM16時43分
町田探偵から調査報告書を受け取った秋山警部補と守口巡査部長は、佐世保駅に向かった五反田刑事と合流すると、佐世保烏帽子岳署に戻った。
烏帽子岳署の会議室のテーブルには、受付係の川頭杏里の手作りドーナツと一緒に、五反田刑事が佐世保駅でかき集めてきた、観光案内のパンフレットが二十冊ほど山積みされている。
三人はパンフレットの中から、黙々と猿岩の写真が映っているページをピックアップしていた。
「五反田ちゃん、ちょっといいかな。捜査初日に猿岩の写真を撮ってたでしょう。あれを、ちょっと見せて欲しいんだけど」
秋山が突然、五反田に声をかけた。
秋山の手元には、猿岩の写真が表紙となっている、五年前のパンフレットが握られている。
五反田はスマートフォンを取り出し、捜査初日に撮影した猿岩の写真を画面いっぱいに映し出した。
「ははぁ、やっぱりそうだ。そうじゃないかと思ったんだよね」
秋山は、二つの猿岩の写真を見比べながら、微笑んでいる。
守口が、興味津々にスマートフォンを覗き込んだ。
「えっ、何がどうしたっていうんですか?」
「ほら、ここをよく見てみてよ。猿岩の顔の向きが微妙に違うだろう」
秋山が、スマートフォンの写真を指差す。
画面をのぞき込んでいた守口が、驚いたように甲高い声を上げた。
「あっ、本当だ。よく見ると、ちょっと角度が違いますよね。でもこれ、アングルのせいじゃないですか?」
「じゃあ、この写真と見比べてみてよ」
秋山が、一年前に作成されたパンフレットのページをひらく。
全く同じアングルから撮られた二つの観光案内の猿岩の写真は、微妙に顔の向きが違っていた。
「あちゃ~。これ、マジですよ。やっぱり、ちょっとだけ角度が違う。良く見比べないと解らないレベルだけど・・・。これ、どうなっちゃってるんですかね」
守口は困惑した表情を浮かべながら、顔をしかめる。
五反田も驚いたように目を見開きながら、猿岩の写真を見比べていた。
突然、スマートフォンを取り出した秋山は、すまし顔で電話をかけ始めた。
「ちょっと、秋山さん。誰に電話してるんですか」
守口は、慌てて秋山に声をかける。
「杉本課長だよ。だいたい解ったから、課長に報告しておかないと」
「マジで止めときましょうよ。これ以上ちんぷんかんぷんな事を言ってたら、マジで怒られますって」
「あのね、守口君。一つだけ言っておくけど、僕は仕事だけは常に真剣なんだよ」
「あっ、杉本課長。お疲れ様です」
秋山は捜査状況を報告する為、上司の杉本に連絡を取った。
捜査はいよいよ大詰めを迎えている。
秋山は、捜査に手ごたえを感じていた。
「森吉祐子との面談、無事に終わりました。彼女は、巨大な猿に襲われたと証言しています」
「三村と電話で話したから、内容は把握している。それで、お前はこの証言をどう解釈するんだ?」
スマートホンから、杉本の不機嫌そうな声が漏れ聞こえてくる。
守口はひやひやしながら、秋山の言動を見守っていた。
「全て、真実だと思いますね。彼女は嘘をついていません。烏帽子岳のどこかに、巨大な猿が潜んでいると思われます。ところで、守口君が撮影した雲の写真は、ご覧になられましたか?」
秋山の口から自分の名前が飛び出した瞬間、守口は思わず悲鳴を上げる。
五反田は、守口の悲痛な叫びがツボにはまり、必死に笑いを堪えていた。
「あの猿の写真か・・・。その件で、さっき科捜研の西副所長からもメールが届いた。内容があまりにも馬鹿げてたから、すぐに科捜研に問い合わせてみたが、彼の見立てではあの写真は本物だそうだ。確かに実物の猿が、雲の上に乗っているらしい」
「やっぱり、そうでしたか」
「守口の撮影した写真といい、巨大な猿の証言といい、いったいこれはどうなってるんだ。お前の話では、西海市の事件と佐世保市の事件は繋がっていると言ってたじゃないか。もし仮に、森吉祐子の証言が事実だったとしてもだ。そんな巨大な猿が、誰にも目撃されずに、西海市と佐世保市の間を自由に行き来できる訳がないだろう」
杉本のドスの効いた声が、秋山の耳元を直撃する。
秋山は、楽しそうに微笑んだ。
「杉本課長、僕の仮説を聞いてください。この事件はですね、実行犯の他に、裏で事件を操っている人物がいます」
「一体誰なんだ。その犯人とやらは」
「実行犯は、孫悟空です」
「なに!孫悟空だとっ」
杉本の怒鳴り声が、部屋中に響き渡る。
あちゃ〜、ついに言っちゃったよ・・・。
守口は心の中で、ため息をついた。
「そうです、犯人は孫悟空なんですよ。犯人が孫悟空なら、誰にも気が付かれずに、西海市から佐世保市に移動することが可能なんです」
「じゃあ、どうやって移動したというんだ。そもそも、長崎サファリパークの猿たちは巨大化していない。ただ、一斉に消えただけだ」
「それですよ、課長。長崎サファリパークの猿たちは、一斉に消えたんです。あれはですね、分身の術ですよ。本体は、佐世保市にいたんです。孫悟空は、身外身という分身の術が使えます。体毛を少し引き抜いて噛み砕き、ふ~と息を吹きかえると、毛が無数の悟空の分身となって現れるんです。ちゃんと、西遊記の本を読んで確認しました。あの分身の術は、術が消えると元の毛に戻ってしまいます」
「それじゃぁ、あの守口が撮影した雲に乗った猿は分身中の孫悟空で、長崎サファリパークに残っていた千年前の猿の毛は、分身の術の残り毛ということなのか?」
「そういう事になりますね」
電話中の秋山の目が、一気に鋭くなる。
逆に電話口の杉本の声は、尻すぼみするようにトーンダウンしてしまった。
「もういい。俺には訳が分からん。途中経過は、お前に任せる。それで我々に、勝ち目はあるんだろうな」
「ここからが、正念場ですね。材料はすべて揃いました。今夜、大川内家に乗り込みます」
「お前、解ってるんだろうな。本部長命令で、大川内家への接触はすべて禁じられている。失敗したら、俺もお前も首が飛ぶぞ」
「大丈夫です。向こうは、僕に会わざるを得ない状況になりますから」
「おいおい、何を企んでるんだ」
「課長、ここが勝負所なんですから、任せといてください。それよりお願いしていた例の件、どうでした? 何か解りましたか?」
「あぁ。その件なら、西東警部が調べてくれた・・・警視庁を動かしてな。お前の予想通りだったよ」
「有難うございます。内容をはやく把握しておきたいので、西東警部に詳細をメールして頂けるようにお伝えください」
電話を切った秋山は、上機嫌にスマートフォンを内ポケットに戻す。
五反田が、不思議そうに秋山に声をかけた。
「秋山さんは、本気で犯人は孫悟空だと思ってるんですか?」
「あぁ、そうだよ。犯人は孫悟空で、事件を操っているのは大川内家の誰かだ。間違いない」
「それじゃあ、巨大な猿は何処に隠れてるんですか?」
五反田の問いに、守口も同調するように何度も頷く。
秋山は疑心暗鬼な二人の部下の顔を、呆れたように見比べていた。
「そんなの決まってるじゃないか」
「えっ、決まっちゃってるんですか?」
「だって、巨大な猿が誰にも見つからずに隠れられる場所なんて、この烏帽子岳の中では限られてくるでしょう」
「そんなこと言われても、私には全然検討がつきません。で、どこなんですか。その場所は?」
「もちろん、猿岩の中さ」
「えっ。猿岩の中なんですか!」
五反田と守口は、同時に声を張り上げる。
秋山は、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
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