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捜査三日目
平成二十九年九月二十二日、PM15時44分
森吉祐子との面談を終えた秋山警部補は、部下の守口巡査部長と五反田刑事を連れて、塩浜町にある町田探偵事務所に向かっていた。
秋山が探偵事務所に依頼していた調査の件で、町田所長から連絡があったのだ。
どうやら、情報を掴んだらしい。
秋山は、森吉祐子の護衛担当の三村警部と小島警部補と軽い打ち合わせを済ませると、すぐさま南佐世保総合病院を飛び出し、県道11号線から佐世保駅方面に向かって車を走らせた。
「大きな猿って、一体どれ位の大きさだったんですかね?」
探偵事務所に向かう道中、守口は先ほど秋山が面談した森吉祐子の証言に対しての疑問を口にした。
助手席で腕を組んだまま窓の外の景色を眺めていた秋山は、突然の部下の問いかけに笑顔で答えた。
「どうなんだろうね。大きな猿としか説明されてないから。彼女は、あの行方不明だったタクシーも大猿に踏み潰されたって話してたよね。となると、タクシーを踏み潰す位の巨大な猿が烏帽子岳に生息していた事になる」
「巨大な猿か・・・。しかしですね、百歩譲ってそんな巨大な猿が烏帽子岳にいたとしたら、目撃者が続出する筈ですよ。この事件、本当に訳がわかりませんよねぇ」
守口は軽口を叩きながら、不思議そうに首を傾げた。
「ちょっと待ってください。お二人とも森吉祐子の証言を本気で信じてるんですか。私には、やっぱりそんな話は信じられません」
運転中の五反田が不服そうに話に割りこんでくる。
秋山は部下を諭すように首を横に振った。
「五反田ちゃん。この世の中にはね、自分の頭の物差しだけでは測れない不思議なことが沢山ある。だから、もし、そんな大猿がいたとしても別に驚く必要はないんだ。ただね、問題がないわけではない」
「ないわけではない?」
「そうだよ。この大猿が千年前の獣の毛の正体だとしたら、少し厄介なことになるだろう」
「えっ、なぜ厄介なことになるんですか?」
五反田は驚いた様に大きな目をパチクリさせる。
秋山は顔をしかめながら、部下の問いに答えた。
「あの獣の毛は、西海市の長崎サファリパークでも発見されている。そこが問題なんだ。そうなるとその巨大な猿は誰にも気づかれずに、西海市と佐世保市の間を自由に行き来した事になるからね。そんなことが可能だろうか?」
「あっ、解りました。ほら、そしたら孫悟空のように筋斗雲に乗って、空を移動したとか」
守口が楽しそうに、軽口を叩く。
秋山は後ろへ振り向くと、後部座席に座っていた守口を睨みつけた。
「おいおい、そんな大きな筋斗雲がある訳ないだろう。いや・・・待てよ。そうか、そういうことか。やっぱり、孫悟空なんだ。それなら、あり得るな」
「ちょっと待って下さいよ。秋山さん、今のは冗談ですから。そんな大きな筋斗雲なんて、絶対にありませんから。流石にこれ以上訳のわからないことばっかり言ってたら、杉本課長から雷を落とされますって」
守口は慌てて、前言を撤回する。
秋山は何かを企むように、ニヤリと微笑んだ。
「五反田ちゃん、僕らを探偵事務所の前で降ろしてくれ」
「えっ! 私はその後、どうしたらよいですか」
「佐世保駅に行って、駅の観光案内所から、佐世保市の観光案内のパンフレットを貰ってきてくれないか」
「観光案内のパンフレット?」
「そう、なるべく色んな種類が欲しい。出来たら過去のものも手に入れたい。とりあえず、古い在庫も含めてありったけ集めてきて欲しい」
「承知しました」
五反田は、戸惑いながらも元気に返事を返す。
守口が五反田の気持ちを代弁するかのように、すかさず口を挟んだ。
「秋山さん、いったい何を企んでるんですか。もう勘弁して下さいよ。マジでヤバイですって」
「守口君、君は筋斗雲にこだわり過ぎなんだよ。もっと考え方を、柔らかくしなくちゃ駄目だ。これは面白いことになるぞ。やっぱり捜査は楽しまなくちゃね」
秋山は楽しそうに、テンションをあげる。
その目は、一段と鋭さを増していた。
「久しぶりですね。ヒロさん、元気にしてました?」
秋山は、テーブル越しに向き合った親友に楽しそうに声をかける。
「はい、元気です。公安の刑事時代より、はるかに元気にやってます」
町田浩幸は、鋭い視線のまま静かに微笑んだ。
「どうやら、また変な事件に首を突っ込んでるみたいだね。迷惑だから、僕を巻き込まないで下さい」
「いやいや、今回は巻き込んでないから。ちゃんと仕事として依頼してるじゃないですか」
「それを、巻き込むと言うんです。まぁ、秋山君の面倒事に巻き込まれるのは、もう慣れてしまったけどね」
町田は呆れたように、ため息をつく。
秋山の隣に座っていた守口は、町田の言葉に思いっきり頷きながら、探偵助手の松木が出してくれた熱い珈琲に手を伸ばした。
「それで、依頼していた調査結果は、出来上がってますか?」
「ちゃんと、報告書は出来てます」
町田はテーブルの上に置かれていたA4サイズの報告書を、秋山に手渡した。
報告書は四枚。
そのうちの三枚は、新聞や雑誌の紙面をコピーしたもので、大川内家の政治家たちの写真が印刷されている。
もう一枚は、町田がパソコンで打ち込んだ文字が、コピー用紙いっぱいに散りばめられていた。
「おっ!みんな、左手に同じ指輪をはめてますね」
秋山が目を通していた写真資料を横から覗き込んでいた守口が、いつものように軽口を叩く。
町田はニコリとも笑わずに、クールに口を開いた。
「その通り。全員、同じ形の指輪をはめてます。秋山くん、これで良いのかな?」
「これでバッチリです。ありがとうございます。あと、この指輪の由来で何か面白いエピソードはありましたか」
「それは、その報告書に全部書いてあります。ちょっと読んでみて下さい。多分それで行けると思うけど」
町田はニヤリと秋山に微笑みかける。
秋山と守口は、興味津々に報告書に目を通した。
「ヒロさん。こんな突拍子もない話を、この短時間にどこから手に入れてきたんですか?」
「都市伝説です。インターネットにアクセスすれば沢山出てくる。その話、面白いでしょう」
「確かに、興味深いですね」
「まぁ、都市伝説だから、信憑性は全くないですけど。そのレベルで良かったんだよね?」
「はい、大丈夫です。僕はこのレベルの話が欲しかったんですよ。なるほど太上老君の所有する金の輪っかか。これ、西遊記に出てくる、何でも吸い込んでしまう奴ですよね」
「そうです。どんな物でも吸い込んでしまう不思議な輪っかです。天界にいる太上老君という神の所有物らしい。輪っかの名前は金剛琢。この神様は道教の神で、道教における天上界の最高天のひとつ太清境に住んでいるとされている。西遊記の物語に、この金剛琢にまつわる話がちょくちょく出てきます。都市伝説によるとその金剛琢が、金の指輪としてこの世に実在するらしい」
「なるほど、あの指輪は金剛琢だったのか」
「いや、あくまでも、これ、都市伝説の話ですから。でも、実在するとすれば確かに魅力的な指輪ではあるね。この指輪を手にした者は、莫大な権力を得ることが出来るんです。名声、財産、人望、強運、権力、商才、健康・・・人間のほっする欲を、すべて満たしてしまうから。その代わり、人間はその対価として高い代償を払わされる」
「飛び切りの美女を、生贄として差し出すんですね」
秋山の優しそうな目が、一気に鋭くなる。
町田は、大きく頷いた。
「そうです。生贄にされた女性は、神隠しにあったように、突然姿を消してしまうらしい。まぁ、要するに金の指輪に吸い込まれてしまうってオチなんですよ。所詮、こんな話はたんなるおとぎ話みたいなものです。ただ、一つだけ引っかかる事がある。この都市伝説のサイトに、この話を投稿した人物の名前です。たしか秋山君が担当してる事件の重要参考人の名前のイニシャルと同じだと思うけど」
町田の言葉に、守口はとっさに報告書の最後の文字に目を向ける。
投稿者の氏名には「Y.M」と記入されていた。
「Y.M・・・えっ、ちょっと待ってください。これって森吉祐子のイニシャルじゃないですか」
守口は、驚いたように甲高い声を上げる。
「そういう事になるね」
秋山は、唸るように呟いた。
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