烏帽子岳の孫悟空「第四話」

烏帽子岳の孫悟空
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烏帽子岳の孫悟空|第四話

捜査一日目
平成二十九年九月二十日、PM12:17

森吉祐子が発見された、柚木地区の観音菩薩の祠を確認した秋山と五反田は、もう一つの目的地、タクシーが消息を絶った烏帽子岳の八合目地点に向かう。

四人を乗せたジープは、山の頂にある佐世保烏帽子岳署の前を通過すると、烏帽子岳の表の登り口方面に向かって南下して行った。

右手には佐世保市の街並みと青い海が見える。

山の頂から八合目付近までは、車で五分ほどの距離だ。

車酔いに必死に耐えていた五反田は、突如表れた目の前の光景に目を丸くして驚いた。

「何ですか、あれは?」

五反田の声に、秋山も反応する。

前方左手に、突然大きな岩が姿を現した。

40メーター以上はあるだろう。

巨大な岩は、まるでそっぽをむいた猿のような形をしていた。

岩で出来た灰色の岩肌に、頭の部分だけ緑の木が生い茂り、まるで人間が作った造形物のように見える。

長い年月をかけて大地が作り出した、自然の彫刻だ。

秋山は、ハンドルを握る山内に頼んでジープを停めてもらうと、車の外に飛び出した。

「本当にデカいなぁ」

秋山は岩のてっぺんを見上げる。

天高くそびえ立った巨大な岩は、誰が見ても完全に猿の姿に見えた。

天気がよいこともあり、真っ青な空が巨大な猿の姿をいっそう引き立てている。

秋山を追って車を降りた五反田も、ぽかんと口を開けて巨大な岩を眺めていた。

背後から、大島が得意げに口を開いた。

「あれは、猿岩と言います。高さ45メーターある、巨大な岩ですよ。四年前に日本の奇岩百景にも登録されました」

「猿岩ですか。確かにこれは、猿にそっくりですよね」

秋山は、感心したようにじっと猿岩を見つめている。

五反田は、楽しそうにスマートフォンで写真を撮影していた。

「五反田ちゃん、これ観光じゃないんだけど」

「そんな固いこと言わないで下さいよ。秋山さんの方こそ、興味津々に車から飛び降りてたくせに。それに、凄いじゃないですか。この猿岩、今にも動き出しそうですよ」

秋山は部下の冗談に、思わず吹き出す。

調子に乗った五反田は、今度は秋山をアングルに入れて、猿岩の写真を撮った。

「おいおい。そんな写真、杉本課長に見られたらこっぴどく怒られるぞ。馬鹿な事ばっかり言ってないで、早く仕事モードに切り替えなさい」

秋山は、わざとコミカルに怒ったふりをすると、ジープの方へ歩き出した。

仕事は一生懸命やる。

そして、楽しくやる。

部下は自由にのびのび育てる。

これが秋山の仕事に対する、考え方だ。

刑事という仕事柄、なかなか理想通りには行かないが、警察組織にありがちな上から抑えつける様なやり方はしたくない。

その代わり、一生懸命に全力で仕事に取り組まない部下には、厳しく叱る。

秋山が一番尊敬する上司から、習ったやり方だ。

秋山は駆け出しの修業時代、自由にのびのびと育ててくれた自分の上司に、今でも感謝していた。

「ちょっと待ってください」

ジープの方へに戻りかけていた秋山に、大島が慌てて声をかける。

秋山と五反田は、足を止めて同時に振り向いた。

「秋山警部補、現場はすぐその先のカーブのところです。車を停める場所もないので、このまま歩いて行きましょう」

大島の声に、秋山は軽く手を挙げて応えた。

秋山は、運転席にいる山内に声をかけると、50メーターほど先のカーブに向かって歩き出す。

五反田はここぞとばかりに、ジープから降りてきた山内を捕まえると、小声で話しかけた。

「山内君、ちょっといいかな」

大島と秋山は話しながら、失踪現場のカーブ地点に向かって歩いていく。

秋山の視界が、白いガードレール沿いに大きく右に曲がった道と、カーブミラーを捉える。

秋山は、何気なく一瞬後ろを振り向いた。

「何やってんだ、あの二人は」

秋山は呆れたようにため息をつく。

スマートホンを手にした山内が、猿岩をバックに楽しそうにピースサインを決める五反田の写真を撮影していた。


大島が立ち止まった。

細い一車線の道は、大きく右へカーブしている。

秋山は右カーブの道の真ん中で立ち止まった。

「タクシーの足取りは、ここで消えてしまったんですね」

「そうです。正確に言うと、この右カーブを曲がり切ったところですね。タクシーはこの道を下から登ってきてますから、運転手から見ればS字の右カーブを曲がったところになります」

「タクシーがS字カーブを曲がり切れずに、崖下に落ちてしまったということはありませんか?」

秋山は、ガードレールの方へ移動する。

その先には、崖下30メートルほどの深い竹藪が広がっていた。

「それはありませんね。実はこのカーブ下の崖の捜索は、私たち佐世保烏帽子岳署のメンバーが担当しました。崖下にタクシーは見つからず、ガードレールも無傷のままでしたね」

大島は額の汗をハンカチでぬぐいながら、当時の状況を詳しく説明した。

秋山は軽く頷くと、周囲を見渡した。

ここからも、巨大な猿岩が見える。

あの猿岩が、ことの全てを目撃していたかもしれない。

タクシーは、いったい何処に消えてしまったのだろう。

これじゃ、本当に神隠しにでもあったみだいだ。

この目でタクシーの失踪した現場を確認してみると、その答えしか思いつかない。

そういえば、もう一つ不可解な事がある。

それは、猿岩のことだ。

我々は烏帽子岳所に向かう途中、この道を通ったはずだ。

自分も五反田も、なぜあの巨大な猿岩に気が付かなかったのだろう。

これだけ大きな岩の存在に、二人とも気が付かないはずがない。

秋山は、猿岩を睨みつける。

上空にはぎっしりと綿菓子が詰まったような、白い雲が一つ。

刑事たちを監視するかのように、ぷかぷかと浮かんで

 

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