小説「烏帽子岳の孫悟空」第五十話

烏帽子岳の孫悟空

捜査から七日目
平成二十九年九月二十六日、AM8時45分

長崎県警本部捜査一課の杉本課長は、本部のデスクの椅子に腰掛け、白い湯気の立つコーヒーカップに口をつけた。
デスクの上には、沢山の書類の山と、新聞が無造作に置かれている。
杉本は老眼鏡をかけると、新聞を手に取った。
今朝の朝刊の一面は、相変わらず佐世保市で起こった信じられないような事件の記事だ。
この事件は、三日連続で一面を独占している。
記事の内容は、日が経つに詳しくなり全貌が明らかになっていった。

平成二十九年九月二十三日、早朝7時20分頃。
長崎県佐世保市に突如、巨大な猿が現れた。
猿の全長は四十メーター、推定体重二万トン。
巨大な猿は烏帽子岳の山頂に姿を表すと、佐世保市の繁華街へ向けて移動を開始した。
佐世保市の繁華街は、巨大な猿に踏みつぶされ壊滅状態。
佐世保駅をはじめ、多目的ホールアルクス佐世保、佐世保体育文化館、四ヶ街アーケードなど、市内主要の建物が見事なまでに崩壊した。
そんな中、運良く佐世保市役所だけは無傷のまま。
行政の機能が失われなかったのは、唯一の救いとなった。
巨大な猿は、突如現れたもう一体の巨大な魔人・二郎神によって退治される。
その二郎神も、戦いを終えると同時に崩れ去り、土の山となってしまった。
死者の数は約二千人。
行方不明者も千人を超える。
行方不明者の数には、市民を守るために誘導の任務に当たっていた、自衛隊員や消防隊員、それに警察官も含まれていた。

当日、現場となった佐世保市内には、杉本の部下である捜査一課の刑事たちも、六名中、五名が派遣されている。
その内の一人、五反田恵刑事が未だ行方不明のままだ。
現場で一緒に捜査に当たっていた秋山警部補と守口巡査部長の話によると、彼女は突然姿を消してしまったらしい。
秋山は

「五反田ちゃんは二郎神と一緒に天界に戻った」

とか、訳の分からない事を口走っていた。
捜査一課が追っていた佐世保市女子高生失踪事件は、失踪していた二名の女子高生を無事に保護し、事件は解決した。
しかしその内容は、闇に包まれることになる。
秋山警部補が、捜査の過程で大河内家と司法取引を結んだこと。
さらに事件の内容がレベル6に値すると判断され、機密扱いの認定を受ける。
その結果、この事件の内容は一切公の場に出ることは無かった。
レベル6に認定されると、この世に捜査状況を発表できない事件として扱われることになる。
実はこの事件、同日に四名もの捜査関係者が一斉に行方不明になっていた。
一人目は、聖文女子学園高校の教師、柚原慶子。
彼女は烏帽子岳の森深くで、突然と姿を消す。
現場にいた二人の刑事の話では、指輪をはめようとした瞬間に忽然と消えてしまったらしい。
二人目は、佐世保市女子高生失踪事件の唯一の生存者、森吉祐子。
彼女も宇久島の旅館の一室で、突然金色の光に包まれながら消えてしまった。
この案件に関しては、警察関係者のほかに一般市民の証言もあるので疑いようがない。
三人目は、佐世保烏帽子岳署の署長、大島錠次。
彼は、警察の捜査内容を大河内家に漏らしていた。
その事実を捜査一課に突き止められた大島は、秋山の助言もあり長崎県警本部に自ら不正を申し出る。
一時身柄預かりとなった大島は、長崎市内にある長崎県警本部の取調室にて待機していたが、部屋の中で神隠しにあうように姿を消した。
丁度、二郎神が孫悟空に勝利した直後だった。
この部屋には監視カメラが設置されており、彼の姿が消える瞬間をカメラが綺麗にとらえている。
この件に関しても秋山は「大島署長は牛魔王だった」とか、突拍子のないことを口走っていた。
四人目は、捜査一課の新人刑事、五反田恵。
秋山警部補は当初の目的通り、見事に行方不明だった二人の女子高生を見つけ出し事件を解決に導いたが、我々がその見返りに払った代償はとてつもなく大きなものとなった。
そう言えば、秋山が五反田を捜査一課に推薦した時に語っていた、彼女のもつ特殊能力とは一体なんだったのだろう?
杉本は、ふとその事を思い出す。
新聞から目を離した杉本は、鋭い目つきで捜査一課のデスクを見渡した。
三村警部は、あくびをしながら面倒くさそうに書類に目を通している。
秋山と守口のコンビは、小島警部補を捕まえて何やら訳の分からない話で盛り上がっている。
西東警部は、ノートパソコンのキーボードを叩きながら、報告書を作成していた。

「おい、秋山。そう言えば、お前が話してた五反田の特殊能力って、いったい何だったんだ?」

杉本は、いつもの不機嫌そうな顔で秋山に問いかける。
秋山はびくっとしながら、小島や守口との会話を中断した。

「そう言えば秋卓、五反田はすごい能力を持ってるとか言ってたな」

小島も興味津々に、秋山をはやし立てる。
守口が秋山を弁護するように、軽口を叩いた。

「あちゃ〜。みんな真面目な顔して、何言ってるんですか。課長も小島さんも、野暮なこと言わないで下さいよ。そんなの、秋山さんの何時ものでっち上げに決まってるじゃないですか。五反田ちゃんを捜査一課に推薦するために、一芝居打ってただけですよ。ねぇ、秋山さん」

「守口くん、何を言ってるんだ。人聞きの悪いこと言わないでもらえるかな。彼女はちゃんと特殊能力を持っていたんだよ」

秋山は口を尖らせて、守口の軽口に抗議する。
書類を確認していた三村が、書面から目を離し秋山の方へ視線を向けた。
西東もパソコンのキーボードを叩く手を止め、聞き耳を立てる。
秋山の優しそうな目が、一瞬鋭くなった。

「あのですね、五反田ちゃんの特殊能力は・・・」

秋山は、五反田の衝撃の事実を告白する。
捜査一課メンバーの驚きの声が、長崎県警本部内に響き渡った。


<<最初から見る

五月のマリア Kindle版

西洋文化の漂う、坂の街、長崎市。余命三ヶ月と宣告された秋山は、偶然訪れた神社で、「龍神の姿を見た」と語る女性と出会う。
片や1980年代、高度成長著しいバブル絶頂の大分市。中学二年生の卓也は、仲間たちに囲まれ、楽しい学校生活を過ごしていた。そんなある日、彼は幼馴染の部屋で衝撃的な場面を覗き見ることになる。
二つの物語が重なり合う時、この物語は驚愕のラストを迎える。

  • URLをコピーしました!
無料でお知らせ掲示板に書き込む

イベントやお店、サークルのお知らせ掲示板へ無料で投稿できます。ぜひ投稿してみてください※無料で1投稿

詳しくはこちら>>フリープランのお知らせ

ライターになって地域を盛り上げる

佐世保エリアの最新情報や、させぼ通信でまだ取り上げてないお店やスポットの情報を書いてみませんか?

詳しくはこちら>>ライター募集

目次