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捜査一日目
平成二十九年九月二十日、AM10:37
秋山警部補と五反田刑事は、烏帽子岳署のドアの前に立つ。
自動のドアがゆっくりと開いた。
「あのぉ、どちら様ですかぁ」
奥の方から、女性の声が聞こえてくる。
秋山は声がした受付の方へ、視線を向けた。
声の主は、受付の若い女性職員だっだ。
普段は人の出入りが少ないのだろう。
女性の声が少し上わずっていた。
通路には、大きな観葉植物が一つ、目立つように置かれてる。
秋山は黒いスーツのポケットから慣れた手つきで警察手帳を取り出すと、身分証を広げた。
「長崎県警本部、捜査一課の秋山です」
「同じく、五反田です」
「あっ、お待ちしてましたぁ」
若い女性職員は愛嬌良く微笑みながら、慌てて立ち上がる。
「私、烏帽子岳署の川頭杏里です。よろしくお願いしますぅ」
川頭は敬礼すると、興味津々に秋山の顔をじっと見つめていた。
秋山は不思議そうに、川頭を見つめ返す。
川頭は少し照れたように顔を赤くしながら、上げていた右手を下した。
「すみません。少々お待ちくださいね」
川頭は慌てて受付の受話器を握る。
内線が繋がると、誰かと話し出した。
二十代前半だろうか?
部下の五反田より少し若く見える。
ということは、二十二歳くらいか?
秋山は、女性の年齢を当てることに少し苦手意識を持っている。
女性は、化粧で化けてしまうから。
でも、人柄を見抜くのは得意な方だ。
人はどんなに綺麗にお化粧しても、瞳だけはごまかせない。
その瞳が、すべてを語ってくれる。
これは秋山の持論だった。
この子はちょっと抜けてそうだが、頭の回転は速い方かもしれない。
すこし舌足らずなしゃべり方だが、逆にそこがチャーミングにみえて、とても感じが良い。
好奇心が強く、子供っぽく見えるが我慢強いはずだ。
秋山はじっと、女性職員の瞳を見つめていた。
川頭は受話器を置くと、すぐに立ち上がった。
「署長がお待ちですぅ。署長室にご案内しますね」
少し舌足らずな声に、秋山はにっこり微笑む。
五反田は、大きな目で署内を見渡していた。
「川頭さん、あだ名は昔から杏ちゃんでしょう」
二人を先導して歩く川頭に、後ろから秋山が声をかけた。
「えっ!そうですぅ。何でわかったんですか?」
川頭は振り向きながら、嬉しそうに微笑んだ。
「いや、顔が杏ちゃんって感じだったから」
「凄いですね。それって、やっぱり刑事の感ってやつですかぁ」
「まあね」
秋山が自慢げに軽口を発した瞬間、横を歩いていた五反田が話に割り込んできた。
「何が、まあね!ですか。川頭さん、うちの上司はいつもこんな感じなんです。気にしないで下さいね」
五反田は、ペコリと頭を下げる。
川頭は、可笑しそうに口に手を添えると、また前を向いて歩き出した。
署長室には、ちょっと小太りの四十代半ばの男性が敬礼して出迎えてくれた。
室内には、署長専用のデスク、テーブルを間に挟んだ来客用の革張りのソファーセットが一組。
右側の壁沿いには、ファイルが沢山詰まった重厚な本棚が二つ設置されていた。
男性は、名刺入れから名刺を取り出す。
手渡された名刺には、「佐世保烏帽子岳署 署長 大島錠次」と書かれていた。
秋山は、大島と挨拶代わりの固い握手を交わす。
五反田は秋山の斜め後ろから、そんな二人の姿を見比べていた。
身長170センチ台でスマートな体格の秋山と比べると、大島署長はずいぶんと小さく見える。
スポーツ刈りのように短く刈り上げられた髪型も、サラサラとした髪を少し長めに伸ばしている秋山とは対照的だ。
秋山の方が少し年下だと思うが、同じ四十代にしては秋山の方がずいぶん若く見えた。
自己紹介を終えた秋山は、大島と向かい合い、革張りのソファーに腰かけた。
「捜査一課から刑事が派遣されてくると聞いて、もっと厳つい連中がやって来るのかと思ってました。今の捜査一課は昔とは違うんですね」
大島は、少し緊張した表情で秋山警部補に声をかけた。
五反田刑事も秋山と一緒に革張りのソファに腰かけている。
秋山は、にこやかに問い返した。
「そうですか。ご想像とかなり違いましたか?」
「えぇ。こんな爽やかな警部補と、新人の女性刑事がやって来るとは思いませんでした。あっ、決して悪い意味ではないですよ」
大島は慌てて、手をバタつかせる。
どこか、隠れ家的なバーのマスターの様な風貌の大島に、秋山は良い印象をもった。
「署長、うちの五反田は、ごらんの通り愛嬌と食欲だけが取り柄なんですが、一つだけ特技がありましてね」
「えっ、特技ですか」
大島が興味津々に耳を傾ける。
「そうです。まぁ特殊能力とでも言いましょうか。その能力を見込まれて、新人ながら捜査一課に大抜擢されたんですよ」
突然名指しされた五反田は、驚きの表情で秋山の顔を二度見する。
秋山は驚く部下をよそに、涼しい表情を浮かべていた。
「その、特殊能力とは?」
大島は、興味津々に五反田の丸い顔に視線を向ける。
「そのうち、解りますから」
秋山は自信満々に頷いた。
「では、三人の生徒を乗せたタクシーは、聖文女子学園高校を出発して、この烏帽子岳の八合目付近で消息を絶ったのですね」
秋山は、署長室のテーブルに広げられた地図上の赤い罰点が記された場所を指さす。
テーブルには事件の資料が山積みにされていた。
受付の川頭が持ってきてくれた珈琲から、美味しそうな湯気が立ち上っている。
五反田は秋山の隣で、大きな目を丸くしながら必死に会話に耳を傾けていた。
「その通りです。タクシー会社は車体にGPSを設置していたのですが、その場所で受信が突然消えてしまってます。未だにタクシーも二人の生徒も行方不明
のままです」
大島署長は無念そうに小さく頷いた。
「まるで神隠しにあったみたいですね」
「いや、仰る通りです。初めは捜査員二百名体制で、烏帽子岳を隅から隅まで探し回ったんですがね。全く手掛かりなしです。今では我々が捜査を引き継い
で、細々と捜索を続けてます」
「では、このもう一つの罰点の方は?」
秋山は、地図上のもう一つの赤い罰点の場所を指さす。
その場所は、烏帽子岳の山頂を境に、反対側に位置していた。
「そちらは、この事件の唯一の生存者、森吉祐子が発見された場所です」
「なるほど。この場所は、タクシーが失踪した場所からどれくらい離れてるんでしょうか」
「車で三十分くらいかかるでしょうか。柚木地区と呼ばれる、烏帽子岳と国見山のちょうど境目の場所ですね。烏帽子岳から見て海側を表とすると、こっちは裏側の登り口に当たります。登り口からすぐ近くにある観音菩薩が祀られている祠の前で、彼女は保護されました」
「結構な距離がありますね」
「そうですね。山の表と裏になりますから」
「この二つの現場を、見てみたいのですが?」
「もちろんあとで、ご案内します」
秋山は何か考えこむように黙り込む。
五反田は、茶菓子で出されていた手作りのドーナツを美味しそうに頬張っていた。
「そう言えばこの三人の生徒達は、タクシーで何処に向かってたのでしょうか?」
秋山は今一番心に引っかかっている事を口にした。
時刻は夕方の十八時過ぎ。
高校生たちが烏帽子岳の山頂に遊びに行くには、時間が遅すぎる。
天体観測でもするつもりなら、話は別だが・・・。
彼女たちの目的はいったい何だったのだろう?。
秋山の疑問の言葉に、大島は申し訳なさそうに肩を落とす。
「すみません。それもさっぱり解りません」
「では、それは意識が回復した森吉祐子さんに直接聞いてみましょうかね」
秋山の優しそうな目が、一瞬だけ鋭くなった
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